『護るべきもの』 「つまり、貴女が元居た世界に帰るための手段を探す旅に出たいって訳ね?」 王都アティルト。その王城、謁見の間。 黄金の刺繍や真紅のビロードなどに彩られ、主だった重臣が揃い、威厳と風格を身にひしひしと感じる。 幾度か足を運んだ場所とはいえ、やはり緊張するものだ。 ちらりと視線を上げてみると、いつもの様に不安げな表情を浮かべたまま玉座に座るルシルム陛下と、その横に威風堂々と立つアーマダ姫の姿が目に入った。 自分と変わらない年で、あれだけの立居振舞はさすが王族と思った。 「仰せの通りで御座います」 膝をつき頭を垂れたまま、努めて平静を装い答える。 「………」 流れる沈黙に、空気も硬くなったような気がした。 自分は今、とんでも無い事を言っているのだ。当然といえば当然だった。 別に、ブリアティルトでの暮らしが嫌なわけではない。むしろ気に入っているくらいだ しかし忘れてはならない。自分にはやるべき事があるのだ。 その為にも、何としても帰らなくてはならない。 だが、あの日黄金の門が消えてからは、全く手がかりが掴めないでいた。 聖域の存在するオーラムに留まっていれば何か分かるかとも思ったが、そう上手くはいかないようだ。 故に決心した。 国を、出ると。 他国にも黄金の門より来訪した人々や物がある。そのどこかに、手がかりがあるかもしれない。 己に課した使命のため、どんな小さな希望でも見つけたかった。 ただ現実問題として、旅をするにせよ何にせよ、日々の糧は必要だった。 今まで剣に生きてきた身。他の生き方は知らなかった。 だから、剣で生きるしか無かった。 となると、答えは唯一つ。 「…今まで味方だった奴に、剣を向けることになるかもしれないよ?というか、なるね。間違いなく」 その話を傭兵団の団長にしたらそう言われた。 そう、そういう事なのだ。 世界を回り剣に生きるということは、傭兵として糧を得るということ。 即ち、オーラムに剣を向けるという事になる。 勿論仲間は何にも代え難い宝物だ。 だが、使命を果たさないわけには行かなかった。 アクサラに言わせると、 「シャノンはお硬い性格だから仕方ないんさー」 との事らしい。自分では良くわからないが、そう見えるということだろう。 そんな想いを込めて、それでもと団長に告げる。 「…そこまで覚悟してるんなら、何を言っても無駄だね。 …そうだね、じゃあ」 そう言って、書類を一枚用意した。 目を通すと"特別任務指令書"と書かれていた。 「シャノン=シャリオール。傭兵団フェザーメイデンの名にかけて、各地の戦線においてその名を知らしめよ…なんてね」 子供のように笑いながら団長が言う。 「確かにうちはオーラムと契約してるが、そもそも傭兵が仰ぐ旗なんて自分だけさ。今日の友は明日の敵、なんてよくあること。情けをかけるなって言うんじゃない。自分を殺す必要なんて無いからね。だから、武者修行くらいの気持ちで行っといで」 凄く、嬉しい言葉だった。 ただ同時に、どうしても今の仲間たちの顔がよぎる。 「…あんたの仲間たちは、そんなにやわな絆でしか結ばれてないのかい?」 深く心を叩きのめされた。 同時に、自分でも驚くくらい自信に満ち溢れた笑顔が出てきた。 これで決心がついたというもの。 そして、今ここに至る。 「オーラムで剣を握るものとして、これは謀反に等しい行為かと存じます」 その言葉に周囲がざわめく。 「しかし私は何よりも、自らの信念を賭した剣に生きる者。自らに課した使命を果たすためならば、神にでも刃を向けましょう」 大袈裟すぎる言い方かとも思ったが、それだけの想いだと伝わってくれれば。 「………」 再び流れる沈黙。 アーマダは勿論、宰相ベルリッテンや元帥ロウハルトの強い視線が身を刺す。 それだけで身が竦む思いではあったが、確固たる信念を以って返す。 しばしの睨み合いから、口火を切ったのはアーマダ姫だった。 「…わかったわ」 「姫?」 すかさずロウハルトが問う。 それを手で制し、言葉を続けた。 「あくまで、フェザーメイデンとして戦うのよね?」 「はい」 「ならいいわ。自らの名とオーラムの誇りに傷を付けぬよう、しっかり戦いなさい」 その言葉に、当然のように騒然となる一同。 「恐れながら。"白き護り手"シャノンといえば、他国に『鋼鉄の牙』と知られる傭兵団フェザーメイデンにおいて、絶対不可侵の守護者として勇名を馳せる者。それが敵に回ると言うことは…どういう事かお分かりでしょう」 さすがに前に出て進言するロウハルト。 軍部に身を置く者として、力と勇名を持った者が戦場に在るというのが、どれだけの脅威になるかを知り尽くしている。 故に、自国の脅威となりうる存在を野に放つなど、元帥としては許すわけにいかなかった。 だがそれすらも制しシャノンの前まで歩み寄るアーマダ姫。 「顔を…いえ、立ちなさい、シャノン」 「…はい」 言われるままに立ち、アーマダを見やる。 やや怒ったようにも見えるその強気な表情のまま、口を開く。 「うん。その目を見ればどれだけの覚悟か分かるわ。その二つ名に恥じない戦いをしなさい」 そう言って、微笑む。 「お待ち下さい、姫―――」 「ロウハルト。確かに契約とかあるかもしれないけど、そもそも異世界からの来訪者を縛る権利が誰にあるの?」 「それは…」 半分以上屁理屈なのは彼も承知していたが、そこに道理が存在しているのも確かだった。 「いいこと、シャノン。決して信念を曲げてはダメよ。もし自らの道を曲げるようなことがあれば…」 出来るだけの強面を浮かべ、やや間を置いて、 「私の友人、失格よ」 彼女らしい、朗らかで愛嬌たっぷりの笑顔でそう言った。 以上が王城での顛末である。 控えの間で待っていたアクサラとアニエスが心配そうな顔で駆け寄る。 それに微笑みで返すと、同様の笑みで応えてくれた。 「それで…私はオーラムを出ますが…」 正直、付き合いの長い2人に対しては今更過ぎる感はあったが、いわゆる社交辞令というものだ。 「いーまーさーらー」 「ですっ♪」 という事らしい。 その気持ちに心を暖めつつ、身支度を整えいざ出立の日。 噴水広場を通りがかった時に、ふと耳に入った言葉。 「クニークルス団」「エミリス」「異端審問」 とても聞き逃して良い物ではなかった。 慌てて話を聞くと、こういう事らしい。 元々西方教会において異端とされ破門された、クニークルス団のエミリス・ルルノータスが攫われた。 犯人は西方教会で、異端審問会においてその身を裁こうと言う事らしい。 今まで放置しておいて今更何をとは思ったが、事実それを追ってプチ・ララとプラニエ・ファヌーが慌てて飛び出したというのだから、これはもう由々しき事態である。 2人に確認を取るまでもなく、セフィドへ向けて駆け出した。 央聖国境に位置するとある峡谷。 ブナの木が生い茂り、陽の光をも遮るその森はざわめいていた。 緑の匂いを乗せた風にではなく、血に飢えた殺気によって。恐らく西方教会の妨害にでもあっているのだろう。 辺りに充満する殺気に惑わされ、クニークルス団の2人がどこに居るのかがわからない。 焦りを感じつつ、木が一瞬途切れた所で空を仰ぐ。 そこに、太陽の中を一つの影が飛ぶのを見た。 次の瞬間、ここまでの強行軍の疲れも忘れ、反射的に走りだした。 見紛うはずもない。彼女らはあの影の下に居る。 確信と共に森の中を駆け抜け、一際大きなブナの木を回った時目に入った光景に、躊躇うこと無く身を躍らせた。 「…させませんっ!!」 今まさにプラニエに振り下ろされようとしていた剣を弾き、敵との間に割って入る。 「シャノン殿?!」 思いがけない援軍の登場に、それでも離さず抱えていた旗を翻しプラニエが声をあげた。 「"疾風迅雷"アクサラ様のお通りなんさー☆」 剣を弾かれ一瞬怯んだ敵を、その通り名が許すはずもなく。 足場の悪さを物ともせず、軽やかな舞で横合いから斬り抜けた。 「話は後です!まずはこの場を乗り切りますよ!!」 「…御助力、感謝しますっ!」 決意の篭った視線で前を見据え、地にしっかりと足をつける。 それは幾多の戦場で見た、士気の象徴として旗を支え続けた、リミュエーヌ侯爵令嬢その姿であった。 「シャノンちゃん、他にもいっぱい来ましたよ…っ」 背に隠れるようにしていたアニエスが示唆する。 言われるまでもなく、その目には写っていた。 大切な友人を死に追い遣ろうとする、悪鬼羅刹の類。 以前、シャノンをこう称した人物が居た。 "彼女を強者たらしめているのは何も高価な甲冑ではない。その内に秘めた強い意志に他ならない" その言の指すように、シャノンの揺るぐことのない信念を秘めた視線に、敵がややたじろいだ。 白き護り手。その手が護るものは、誇りや信念。 そして、何よりも大切なもの。 命を賭すに値する友人を護るため、今、修羅となり剣を振るう。 「この人は、やらせませんっ!!」 だが敵も退けぬ理由があった。 「…異教徒めがっ!」 手にした武器を翳し仕掛けてくる。 彼らの不幸といえば、上からの逆らえぬ命令か、はたまた目の前の相手を所詮少数と侮った事か。 果たして、白き護り手の前にただの一撃も通すことが出来ず撃退されていく。 「オーラムの守護神は伊達じゃないんさー☆」 その間隙を縫って、狙いすました一撃を与え続けるアクサラ。 戦場で支援を続けている内に身についたものか、広い視野で戦場を見て的確な助言を与えるアニエス。 そして何よりも。 シャノンらが戦場に在り、心の支えとして翻り続けた旗を持つプラニエ。 その姿を見るだけで、力が湧いてくる。 「我が軍旗、そして我が友を恐れぬのならばかかって参れ!この旗は、貴公らに折れるものではない!」 鉄壁の護り、疾風の刃、慈愛の声、そして決して折れること無き絆の象徴。 有象無象に崩せるものではなかった。 しかし、剣を振るいつつシャノンは思っていた。 一つ。一つだけピースが足りない。 その不安をプラニエに問う暇もなく立ち回っていたが、一瞬だけ隙を生んでしまった。 こういった仕事に長けているのだろう、その瞬間めがけ凶刃を滑りこませる相手。 「…っ!」 大切な友を思うが故に生み出た隙を悔いつつも、可能な限り体勢を整える。 だが、絆の力はかくも強かった。 「ていっ!」 掛け声が早かったか、それとも目の前の敵を矢が貫くのが先だったか。 何にせよシャノンに襲いかかった凶刃は、その役目を果たすこと無く地に落ちた。 「ララ!」 「お待たせ! リディア、突っ込めーッ! 」 横合いの木陰から姿を現したプチ・ララが敵を指さすと、直後一陣の風が敵の中を駆け抜けた。 「おーリディアなんさー☆」 ちょうど敵を挟んでプチ・ララの反対側に居たアクサラが腕を差し出すと、勢いを殺しつつリディアが舞い降りた。 「いたたっ!爪立てたら痛いんさー」 その言葉に首を傾げる。理解してるのかは勿論分からないが。 「あ、敵さんが逃げてくですっ」 命を惜しんだか、報告に戻ったか。 ともあれ目前の脅威は去った。 「プラニエごめんっ。ちょっと追い回されちゃって…ってゆーか、なんでシャノンたち居るの?!あ、それよりエミリスっ!」 その場でわたわたと忙しない。 「話は大体理解してるつもりです。まずは急ぎましょう、詳しくは道中にでも!」 剣を背負い、促す。 それに全員が頷き再び西方へと向かう。 数多の英雄の命運を定めし峡谷は、今、若き少女達の命運を定めようとしているのか。 この後に、友の命を護るためセフィドで剣を振るうことになる。 だが、それはこれから紡がれる物語。 彼女たちが何を見て、何を想い、何を為すのか。 それは、諸君らと共に新しい歴史を紐解いて行きたいと思う。 友情出演:クニークルス団(10da)