『天使の想い』 著:かなみ 「シャノンちゃんは、これからどうするんですか?」 穏やかな日差しの中、白いテーブルに置かれた紅茶を手にミソラが尋ねる。 刻碑歴999年最後の月。英雄戦を終え静かな時の流れの中、シャノンとミソラが居た。 「そうですね…」 反対に、口につけていたカップをソーサーに戻しつつ、空を見上げるシャノン。 空は澄み渡り、雲ひとつ無い晴天だった。 午後の日差しに目を細める。 「セフィドでは元の世界へ戻る手がかりは見つけられなかったので…また違う国へ行ってみようと想います」 「そっか…行っちゃうんですね」 微笑みこそ浮かべているが、目元から寂しさが見える。 「でも…やらなきゃいけないことがあるんですもんね」 その表情にやや後ろ髪を引かれる思いだったが、言葉を聴き頷く。 「はい。お兄様が…きっと、待っているので」 そう。なんとしても元の世界へ帰り、兄の助けとならねばならない。 正直に言うとこの世界にも未練はある。 友人も好敵手も、沢山出来た。家族のような仲間も出来た。 だが、成さねばならぬのだ。 「…シャノンちゃん」 知らぬ間に横へ来たミソラが、シャノンの固く握られた手を優しく包んだ。 膝をつき、両手で包み込むその姿は、祈りの姿にも似ていた。 「シャノンちゃん真面目だから…でも、あんまり思い悩まないでね」 包んだ手を撫でながら微笑む。 剣を振るう身ながら、暖かく、そして柔らかい感触が心地よかった。 「シャノンちゃんは、一人じゃないから。アクサラちゃんとかアニエスちゃんが居るし」 一息。 「私も…ずっと、何があってもシャノンちゃんの味方だから」 「ミソラさん…」 思いつめるのは悪癖と周りに言われていたのに、またやってしまったようだ。 ふと、少し恥ずかしそうにこちらを見上げるミソラの額に輝く羽根冠が目に入った。 「あ…そうだ」 腰に携えていた、以前”ミソラ”から受け取った羽根冠を差し出す。 「あの…これ、受け取って貰えませんか」 目の前に差し出された物を見て、きょとんとした顔になるミソラ。 「これは…」 「その…以前、とある人から頂いた物なんです。お守り代わりに、と」 オーラムに居た頃のミソラを想う。 不思議な力でループを続けるこの世界。目の前に居るミソラとは別人とわかってはいるのだが。 あの頃と同じように優しく、良き友人として接してくれる黒髪の少女。 自分にしてみれば、どれも等しくミソラだった。 「良かったら…受け取って、貰えませんか?」 だから、これは感傷なのかもしれないと思った。 「嬉しいですけど…大事な物、なんですよね?」 緑に輝く羽根冠を見て、なんとも言えない感情が胸に湧き上がるのを感じつつ、ミソラは言った。 「はい…だからこそ、ミソラさんに受け取って貰いたいんです」 何故そう思ったのかはわからない。 ただ、そうしたかった。 「ん……わかりました。大事に、しますね」 割れ物を扱うかのように、両の手でそっと受け取る。 無いはずの記憶が詰まった物。それに触れて、自分の中の何かが揺れ動いた気がした。 しばし沈黙が流れる。 シャノンは、別人であるはずのミソラが、本来持ち得ないものを持っている姿に。 ミソラは、胸の内より湧き出る感情を。 それぞれ扱い兼ねているようだった。 「…あ、それじゃあ」 ふとミソラが顔を上げ、荷袋の中から鳥の羽根を取り出した。 「それは…フェネクスの」 目覚めたマッカの霊長フェネクス。 それを再び封じる役を帯びて、見事果たして見せたミソラ。これはその際に拾ってきたものだろう。 「代わりになるかわかりませんが…これを」 受け取り、鼻を近づけてみる。ほんのりと、荒野の枯れた匂いがした。 ふと、次はマッカにでも行ってみようか、などと想う。 「ありがとうございます。私も…大事にしますね」 先程まで思いつめていた事など忘れて、いつもの微笑みを返す。 それに、ミソラも同じ微笑みを返す。 「ふふ…」 「くすっ…」 顔を見合わせると、自然と笑みがこぼれた。 「それでは…そろそろ行きましょうか」 少し冷めてしまった紅茶を飲み干し、立ち上がるシャノン。 「シャノンちゃん」 再びシャノンの手を取るミソラ。今度は立っているので、先程とは目線が逆だ。 「忘れないでね。私は、ずっとシャノンちゃんのお友達だから。何かあったら、必ず助けに行くから」 少し真面目な顔で言い、そのまま引き寄せ抱きしめた。 「だから…どこにいても、忘れないでね」 強く、強く。 「この、同じ空の下に、シャノンちゃんを想う人が居ること…その、想いを」 端から見れば、まるで愛の告白のようでもあった。 しかし、シャノンは同じように強く抱き返し言った。 「はい…私も、その想いを必ず護り抜きます」 自分に取って幾度目かとなるミソラとの別れ。 それがこれなら、上等な部類だと想いながら。 時は巡る。 刻碑歴998年1月。 「シャノンシャノンーっ」 とあるオアシスにある、鋼鉄の牙を掲げたテントに、アクサラが慌てたように駆け込んできた。 「どうしたんですか?そんなに慌てて」 新しく揃えたテーブルを、アニエスと協力して配置していた所だった。 「これ、これ見るんさー」 置かれたばかりのテーブルに、一枚の紙を差し出す。 そこには、オーラムに属している七剣使いが挙げた戦果が記されていた。 「……ふふっ」 あの羽根冠を額に乗せ、最前線で剣を振るう親友の姿を思い浮かべると、何故だか笑みがこぼれた。