『戦乙女の軌跡』 オーラムにある黄昏の聖域の中心にある神遺物『黄金の門』。 かつて、この門を潜り多くの戦士達が現れた。 彼らはブリティアルトに起こった戦乱において数々の功績を挙げ、幾多の英雄が生まれた。 しかし、戦乱が収まった頃彼らのいくらかが姿を消した。 『彼らは死んだ』 そんな噂も流れたが、とある一人が叫んだ。 「彼らは英雄、死ぬはずが無い。今はただ行方不明になっているだけだ」 人々は信じている。 この地が再び戦乱に巻き込まれた時、彼らはきっと帰ってくると。 第一章『始まりの地で』 「…それにしても、良かったんですか?」 黄金の門の前で、シャノンが後ろを振り向いた。 「今更水臭いことは言いっこなしなんさー」 「そうですよ、仲間で友達じゃないですかっ」 そこには、数々の戦場を共に駆け抜けた仲間が居た。アクサラとアニエスである。 二人は、シャノンがオーラムで傭兵団"フェザーメイデン"に入ってから、今までずっと連れ添った仲間。 「ですが、私はもう傭兵団を抜けた身…これから行くのは異世界。無理に付き合うことはないんですよ…?」 自らの故郷に戻り、やるべき事を行う為に団は既に抜けてきていた。 団長のシャムナも、 『そうか、寂しくなるね。でも、守るべきものを守る為に戻るんだね?なら頑張っておいで。シャノンは…英雄なんだから』 そう言って、送り出してくれた。 「シャノ〜ン。あんまりぐだぐだ言ってるとこばんざめの刑なんさー☆」 「置いていくと、その、えっと、絶交ですっ」 見知らぬ異世界へ赴くというのに全く気負いのない二人。そこまで自分を想ってくれていると感じて、ふと涙が溢れそうになった。 「二人とも…ありがとう」 何だか気恥ずかしかったので、悟られぬよう門に向き直る。 「それでは…行きましょう。我が故郷…ユグドラル大陸へ!」 「なんさー☆」 「はいっ」 こうして、一人の英雄とその仲間がブリティアルト大陸から姿を消した。 目に入ってきたのは、森の中に位置する村。 時刻は朝方らしく、澄んだ空気の中炊飯の煙が立ち上っていた。 「ここは…」 見覚えの無い風景。しかし、どこか懐かしい空気を感じた。 ふと、一人の老婆が家から出てきた。 「あの人に聞いてみるんさ?」 「そうですね…あの、すみません」 近くに行き声を掛ける。三人の姿を見て驚いた風だったが、少女というのもあったのかすぐに微笑んでくれた。 「お譲ちゃん達こんな朝早くからどうしたね。この村のもんじゃないねぇ」 「オーラムから来たんさー」 すかさずアクサラが答える。しかし聞き覚えの無い名前に首を捻る老婆。 「オーラム…聞いたこと無いねぇ。トラキアの方かい?」 「あぁいえ…えぇと、ここはどこになるのでしょう?その…道に迷いまして」 見覚えの無い場所に出た、という意味では道に迷ったのと同義だと自分で妙に納得しながら言った。 「あれま、それは大変だねぇ。ここはティルナノグ村だよ」 「ティルナノグ村?!」 つい大声を上げてしまった。 「シャノンちゃん、どうしたんですかっ?」 アニエスが心配そうに裾を引っ張る。 「ごめんなさい…後で、話します」 そっと告げて、老婆へと直る。 「すみません…ありがとうございます。それと…もう一つ。今は何年ですか?」 「あれあれ、その若さで私よりボケたらいけないよ?今はグラン暦790年だよ」 可笑しそうに笑いながら言う。反面、シャノンは微笑みこそ浮かべているものの、あまり明るくは無かった。 「あれから1年…」 シャノンが黄金の門を潜ったのはグラン暦789年の事だった。 「あの…重ねて申し訳ないのですが、現在この国の情勢はどうなっているのでしょうか…?」 その問いに、さすがに不思議そうな顔をする老婆。 次いで、ため息混じりに口を開いた。 「今のこの国の状態を知らないとはねぇ…別の世界からでも来たのかい?」 まさしくその通りなのだが、まさか言うわけにもいかず苦笑を浮かべて続きを願った。 「去年の事だったかね。前の王様が病に伏せったとかで、宰相が変わりに国政を行うようになったんだけどね。結構無茶な圧制を敷き始めたんで、最初は国に仕える6公爵家の方々がお諌めになったんだけど、どういう訳かそれも無くなって圧制は続いて。ついには各地で革命を起こすんだって立ち上がる若者が出始める始末さ。他の国は今のところ様子見みたいだけどねぇ…この国は今内乱状態さね」 心底疲れたような表情で語る老婆。この年になるまで戦乱をいくつも見てきたのなら、それも仕方の無いことかもしれない。 「こんな時、シグルド様やセリス様のような方が居てくださったらねぇ…」 シグルドにセリス。それはこの大陸に置いて英雄の名に間違いなかった。 シグルドはかつて暗黒教団が暗躍していた時立ち上がった英雄で、セリスは最終的にその戦乱を終結へ導いたシグルドの子だった。 「ほれ、この先にあるガネーシャ城にも革命軍とやらが集まってるよ。平和が一番なんだけどねぇ…」 視線を村向こうに広がる砂漠へと向ける。 その視線を辿った後にシャノンは一礼をした。 「お婆さん、色々とありがとうございます。朝も早くから申し訳ありませんでした」 「いやいや、こっちも何だか愚痴っぽくなっちゃってすまなかったねぇ。だから、どこか行くんなら道中気をつけなさいよ」 「ご心配ありがとうございます」 再び一礼して、老婆と別れ村の出口へと向かった。 「で、で?何がどーなんさ?」 すると早速アクサラが事の説明を求めてきた。 「前に話したとおり…セリス、というのはこの国の前国王で…私の父です。ですので、シグルドというのは祖父にあたりますね」 歩きながら説明する。その表情はやや暗く硬いままだった。 「そして現国王は私の兄…エクス。どの人も…顔も見たこともありませんけどね」 「お兄さん…王様、病気って言ってましたね…」 アニエスがまるで自分の家族であるかのように心配そうな顔をする。その純真な心に今までどれだけ助けられただろうか。 そんなアニエスに微笑んでから、再び前を目指す。 「そして…何の因果か、この村は父セリスが旗揚げをした地です。これも運命というものなんでしょうかね…」 どこか悲壮感を漂わせたような、決意に満ちた表情のようなものを浮かべるシャノン。 そのシャノンの背後からアクサラが襲い掛かった。 「こばんざめー☆」 「きゃぁっ!…ア、アッキー何を…ひゃんっ」 おもむろに胸を鷲掴みにされた上揉みしだかれる。あまりに突然だったため非常に驚いた。 「この発展途上な感じがやはり… シャノン、気負いすぎなんさ。それだと何も上手くいかないんさー」 セクハラオヤジのような表情と手つきで、まともな事を言うアクサラ。どちらも彼女なのだとわかってはいるのだが。 「そうですよシャノンちゃんっ。団長も言ってたじゃないですか。"苦難にあればこそ笑顔なれ"って。苦しい時こそ笑顔のパワーで頑張るですっ」 その横でこの上ない笑みを惜しげもなく向けてくれるアニエス。惜しむらくは、アクサラの攻撃によりその顔をまともに見ていられないことだった。 「んんっ…アッキー、もう、わかりましたから…っ」 何とか宥めて解放してもらう。 「アニーもありがとう…団長にも悪い癖だと、言われていましたのにね」 そしてようやく、故郷の大陸に降り立ってから始めて、笑顔になったシャノン。 「そうですね…気構えはともかく、気持ちまで硬いままでは剣も鈍るというもの…もう少し、緩めていきませんとね」 それでも内心は靄がかかったような感じだったが、それでも、仲間…友達が居ると、自然と笑顔を作ることが出来た。 「では改めて行きましょうか」 「方針はどーするんさ?」 「先ほどの話だけを聞くなら、すぐにでも王城へ向かいたいところですが…何か、どうしても気になリまして。もう少し情報を収集してみたいと思います」 「それじゃどこに向かうんさ?」 「まず、この先にあるというガネーシャ城へ向かいます。そこで革命軍の方々に話を聞いて…その後は、王城の方へ向かいつつ道々の村等で話を聞きながら…ですね」 兄が病床だと言うのなら見舞いたいし、仮にも自らの身内が治める国が内乱状態にあるというのなら、それは何とかしたいと思う。 しかし、何故だか分からないが。直感にも似た何かが、これより先は危険と促している気がした。 だが、何よりもまずは現状の把握が先決。自分にそう言い聞かせ歩を進めた。