戦乙女の軌跡 第二章『砂漠に舞う』 石造りの床と壁。そして妙に背の高い天井。 広めに作られた通路に剣戟の音が鳴り響く。 「ち、ちょっと待って、ください…っ!」 「問答無用っ!」 相手がイザーク王国の王妃と知り、ミソラとしてはひとまず戦う理由が無くなった。 しかし相手は息をつく間もなく迫り来る為に、会話もままならず防戦一方だった。 「あ、あの、私は、革命軍に、参加、してっ」 振り下ろされる剣を弾き、回り込もうとするのを剣で足止めし、懐に入り込もうとするのをバックステップで距離を取る。 イザーク王妃ラクチェの紡ぎだす輪舞曲は未だ終曲を迎える気配がなかった。 ラクチェはかつて剣姫と謳われた母を持ち、自らも同じ称号を得た程の剣の使い手だった。 しかしミソラがそんな事を知る訳もなく、知った所でどうなるものでも無かったが。 ただその腕前を存分に振るわれ、あまりよろしいとは言えない現状だった。 「嘘言っちゃダメ!あんた程の剣士が居たら、話は広がってるはずよ!」 「いえ、こっちには来たばっかりで…っ!」 「だから、あんた程の剣士が無名だったはずないでしょっ!」 繰り出す剣も発する言葉も、最早取り付く島も無い。 結果二人で協奏曲を舞い続けるはめになったが、ふと転機が訪れた。 何合目になるかわからない打ち合いで、小気味良い音と共にラクチェの持っていた剣が中程から折れた。 「あちゃー、ちょっと使いすぎたかな…もー、あんたが粘るからよっ」 後方へ下がり折れた剣を眺めつつ言う。 「そ、そんな事言われましても…っ」 全くである 「仕方ない…こんな所で使う予定は無かったんだけ、ど」 折れた剣を投げ捨て、背に隠すように携えていた剣を抜き放つ。 それは美しく緩やかな反りを持つ片刃の長剣だった。 だが、それ以上にミソラには感じるものがあった。 「…魔力を帯びた剣…」 目には見えないが、剣自体にかなりの魔力が内包されているのが肌で感じ取れた。 「神剣バルムンクよ。かつて剣聖オードが神より授かった剣…更に速度を増す神速の技、受けきれるかしら…?」 やや危険な光を帯びて瞳が煌めく。本気になった証なのだが、それ以上に、軽い微笑みと相まって非常に楽しそうに見える。 「話を聞いてくれないなら、まずは動きを止めないと…ですね」 ミソラもその気迫を感じ取り、気を取り直し剣を握り直す。 そうして双方が剣気をぶつけ合い牽制しあっている所で、神殿自体がやや震えたように感じた。 次いで聞こえてくる爆音。まるで爆破解体でも始めたかのようだ。 「…?何かしら…」 ミソラから視線を外さずに、静かに呟く。 対するミソラには、思い当たる節があった。 同じ頃。別の通路を進む部隊が盗賊と衝突していた。 「わわっ、こっちに来ないで下さいーっ!」 長身のライフルから撃ちだされた弾丸が唸りを上げ、眼前の敵を薙ぎ払う。 それに続くようにエルムが静かに前進して、残った敵を切り伏せていった。 「まったく…うちの子に手を出そうなんて100年早いわよ」 ただ真っ直ぐに歩いているようにしか見えないが、彼女が通った後に崩れ落ちる盗賊達。 単に神速の如き疾さで抜刀して戻しているだけなのだが、悲しいかな彼らにはそれを止められる目を持っていなかった。 結果、斬られたことも把握できないまま、次の瞬間には視界いっぱいに石畳が広がっていた。 「ひ、ひぃぃっ!」 その惨状を目の当たりにして、恐れをなした盗賊達が近場の部屋に逃げ込んだ。 それを追うようにラッカーの乗った台車が猛スピードで突っ込んでいった。 「あ、待ちなさいラカ子」 エルムが制止するが、時既に遅し。 ラッカーが手にしていたC4爆弾は、既に部屋の中に放り込まれた後だった。 「むきゅっ?」 小動物の如く小首を傾げるのと同時に、部屋の中で爆音が響き渡り、通路には爆風に煽られた埃が舞い上がった。 「…屋内で爆薬は使っちゃだめって言ったでしょう?」 頭を撫でながら部屋の中を確認するが、ため息一つ吐いて視線を前に戻した。 「…エルムさんっ」 それとほぼ同時に、前方の通路からシャノンとアクサラが姿を表した。 「あらシャノンちゃん」 「今のは…ラッカーちゃんですね」 苦笑いしつつ部屋の惨状を見た。 「また派手にやったんさー。いいぞ、もっとやれー☆」 ラッカーとハイタッチを決めるアクサラ。 「煽らないの…この神殿は、通路が広く作られていて思ったより複雑な構造にはなっていないようです」 「みたいね。大体の造りは把握したわ」 「ここを根城にしていた盗賊も大方討ったようですし…他の部隊と合流しましょう」 そう言って進もうとするシャノンの背にある剣が、淡い光を帯びているのに気づいた。 「…?シャノンちゃん、剣、光ってるけど」 「はい?」 本人も気付いていなかったようで、剣を手に不思議そうな表情を浮かべた。 「何でしょう…こんな事は初めてです」 「…まぁ、とりあえず害は無さそうだし。ひとまずは進みましょうか」 剣はただ淡い蒼光を帯びているだけで、他に何かあるということも無さそうだった。 「そう…ですね。考えるのは後にしましょう」 「世の中不思議がいっぱいなんさー」 逃げまわるハカランダを卑猥な手つきで追い回していたアクサラが言う。 「アッキー、遊んでないで行きますよ」 「りょーかいなんさー☆」 「ひぁぁあ〜〜」 丁度、ハカランダを捕まえた所だった。 通路を進むと、先の方から金属のぶつかる音が聞こえてきた。 「これは…誰かが戦っているみたいですね」 言いつつ、歩調を速めるシャノン。 「まだ盗賊が残っていたのかしらね」 それに答えつつ合わせて進むエルムと一行。 角を曲がった所で、金属音の正体を見た。 「これならどうっ?!」 「っ!ま、まだまだ…っ!」 アクサラも眼を見張るほどの身のこなしで、次々とミソラに剣戟を繰り出している黒い長髪の女性。 その手に握る曲刀が、シャノンの持つティルフィングと同様に、淡い赤光を放っていた。