戦乙女の軌跡 第二章『砂漠に舞う』 「悠久の彼方から烏兎の間隙にたゆたう白き光。その淡く温かな力を以て、汝の傷を、汝の痛みを、我は癒さん!」 白く眩い光が兵士たちの身体を包み込んだ。エミリス神学校で学んだ回復の法術である。 「ほい、回復完了!行っといで!」 傷が癒えても痛みなどの感覚が無くなるわけではない。身体が動くようになっても頭がそれを理解するには少々の時間を要する。 だがそんな事を言っている場合ではなかった。 敵は留まること無く押し寄せてくるのだ。 シャノンたちが盗賊退治に出た数時間後。 息を切らせて一人の兵士がユーギの元へ駆け込んできた。 「大変です!砂漠向こうのダーナ城から王国軍の大軍がこちらへ進軍してきます!」 突然の展開にも関わらず、眉一つ動かさずユーギは言った。 「その可能性も考慮していましたが…本当に来ましたか」 丁度昼食を取っていた為、主だった面々は揃っている。 「では皆さん、迎撃に出ましょうか。この城は立地的に見て防衛には向きません。ならば相手も策を使いにくい場所で迎撃するのが常套です」 その言葉を聴き慌てて食事を飲み込む。 「それと…ああ、そこの貴方。城を完全に空けるわけにもいきませんから。守備隊を指揮してここを守ってて下さい」 近場で食事を取っていた、守備隊の隊長に声をかける。 シャノンがユーギに後を任せたのを知っているので、特に反論も無く頷き駆けて行く。 「…これは、盗賊の件ももしや王国軍の策謀でしょうか」 プラニエが心配そうな表情で言う。 「さすが、プラニエさんですね。恐らくはそうでしょう。こちらの戦力を割いた上で攻略を試みる。策としては悪くありません…ですが」 右手を鼻頭へやり眼鏡を直す。 「面白味に欠けますね」 「全くキリがないったらありゃしないっ」 後方での支援を任されたエミリスが悪態をつく。 『ワシに任せれば、あの程度すぐ蹴散らしてやるのにのう』 「アンタはだぁーってなさい!」 自身の中に住まう邪神が語りかけるのに応じ、沈黙を命ずる。 しかしそれはエミリスのみに聞こえる声であり、突然の叫びに治療を受けていた兵士は飛び上がった。 「あぁ、なんでもないない。気にしない気にしない。ほら回復終わったよっ!」 背中を一叩きして気合を入れてやる。 「あんまり戦況良くないのかな」 隣で同じく兵士の治療に当たっていたミィズィフィルが、地に立てた向日葵の杖で兵士を癒している間に寄ってきた。 「元々こっちのが数少ないのを逆手に取られてる感じかなー。相手が策を使えないようにって、広く見渡せるこの場所選んだのはいーけど、向こうは数に任せてこっちを半包囲してる。だから、めーちゃんとかが範囲魔法でふっ飛ばしてもあんまり被害出ないんだよねー」 腰に手を当てげんなりした顔になる。 いかに強力な魔法とはいえ、魔力にも限度があるのだ。あまり多用してはすぐに尽きてしまう。 前回の戦でそれを教訓としたのか、層は薄いものの左右に長く陣を敷きこちらを覆う形で前進してくる。 絶対的な数が少ない革命軍はそれに対応するだけの長さを保てないので、半密集隊形で出来るだけ敵陣の端に向かうように動いている。 「うーん…でもまぁ、何とかなる気がするよっ」 歳相応の笑顔を浮かべる。 楽観といえばそれまでなのだが、今はその笑顔に元気を分けてもらった気がした。 「ま、シャノンちゃん達が戻ってくれば今度はこっちが挟撃する形になるから。それまでの辛抱だねー」 言いつつも、それがいつになるかわからないのが一番の問題で。 しかしそれを表情に出すわけにもいかず、再び兵士の治療に専念することにした。 「なんだか動きずらいね」 砂塵を上げ砂地を走る戦車の上で、メイチェルがこぼす。 敵の陣が左右に長大な為、敵を吹き飛ばして終わりといかないので、今はエリの護衛に専念していた。 確かに戦車はこの世界においてオーバーテクノロジーと言って良い戦力だった。 だが、もし取り付かれればそこはもう主砲や機銃の届かぬ完全な死角になる。そうなればエリの身に危険が及ぶ。 それを避けるため、メイチェルは今ここに居た。 ちなみに実はどこかの戦場に「俺を呼ぶ声がする…」と言って消えてしまった。それを見てフィントが後を追っていたので、心配は無いだろう。 「シャノンたち大丈夫かなー」 「あちらの心配はいらないでしょう。今はこちらです」 近寄る敵兵を矢で射抜きつつプチ・ララが言うのに、戦車上でウサギのマークが入った旗を支えるプラニエが応える。 エリは戦場を走り回り押されている所の支援を命じられていた。それと共にプラニエが旗を振ることで、味方への鼓舞も兼ねている。 プチ・ララもその護衛に回っていた。 「うーん。シャノンたちの所に伝令は走ってるんだもんね?なら待つしかないかー」 弓に矢を番え放つ。戦線が押され気味の所があればリディアが教えてくれるので、エリに伝え赴き、また矢を放つ。 命を賭けた戦場ではあるのだが、なにかすっきりしないプチ・ララだった。 「敵は少数だ!押し包め!!」 陣の左翼を指揮する部隊長が声を張り上げ、それに兵士たちが応える。 相手の英雄たちが上手く力を発揮できない状況で、数も少数となれば、士気は高くなろうものだった。 単に以前の戦での恐怖からの焦りだったのかもしれないが。 それでも、自分たちが押している現状に、高揚していた。これは、このまま勝てるのではないだろうか、と。 「行けっ!シロオオワシ!!」 しかし英雄達にしてみると、この程度は危機のうちには入らなかった。 奇妙な唸り声をあげ敵兵の間を抜け、馬上にあった敵の部隊長を弾き飛ばす。 やるべき時にやるべき事をする。そのタイミングさえ間違えさえしなければ良いのだ。 異常とも言える様々な力が走り回る戦場を渡り歩いた彼らに取って、戦の流れを感じ取る能力は他に比べて非常に長けている。 「………」 無言のまま帰ってきたブーメランを掴むシグ。 特に彼は戦場暮らしが長い。鋭い眼光も相まって、戦場に置ける貫禄は相当のものだった。 だが彼の戦術は投擲による一投一殺。近くに寄られればその有利が消えてしまう。 敵もそれを理解出来ているのだろう、何よりも速度を重点としこちらへ向かってくる。 仕方なく後方へ下がろうかと思った矢先、味方の部隊が間になだれ込んできた。 「シグさん!前は俺達が抑えますから!」 「存分に投げて下さい!」 「兄貴!」 口々にシグを呼びつつ、笑みすら浮かべている兵士たち。 示し合わせたわけではない。彼らは自らの意思でシグの援護に入ったのだ。それだけ、シグの持つ"モノ"は彼らを惹きつけたと言うことだ。 「お前達…」 変なノイズが混じったな、等と思いつつ軽く頷くことで応答とし、再び投擲姿勢を取った。 東方のイザーク王国と大陸中央のグランベル王国を隔てる広大なイード砂漠。 その東端、イザーク王国の国境付近。ユーギはそこを戦場に選んだ。 「完全に膠着状態ですね。戦場の設定は間違っていませんか?」 後方で各地の状況を確認しつつ指揮を執るユーギの傍らで、ナツキが口を開いた。 「失礼ですね。ちゃんと考えあっての事ですよ。…現状で無理をすれば勝てない事もないでしょうが、被害が大きくなります。ならば、被害を最小限にしつつ、確実な勝利を手にする。何か問題でも?」 覗いている双眼鏡から手を離さずに言う。 「今はまだその時ではない、というやつです。流れが変わる時は必ず来ますから。その為に、貴女がたには待機して貰ってる訳ですし」 言い終わると同時に、敵陣の後方で爆風が上がった。 「ほら、来ましたよ。 では…本日の営業を開始しましょうか」