第二章『砂漠に舞う』 「さあ、これでおしまいですの――!」 高らかにフェンディの声が響き渡る。 討伐組が合流し数の劣勢を無くした革命軍は、まず王国軍を分断した。 その片方を、討伐組と共に包囲殲滅。もう片方を岩壁に追い込み半包囲の形まで持っていった。 そして最後に、フェンディの範囲魔法で一網打尽。 「まあ、多少の誤差はあれども概ね理想の形じゃないでしょうかね」 後方にある小高い丘から指揮を執っていたユーギが、やや満足気に頷く。 「おー、やっと終わったかー」 そこへ、本陣にて負傷兵の治療に当たっていたエミリスが姿を見せた。 「そちらもお疲れ様です。おかげで兵力の再補充がスムーズに行えました」 「まー適材適所ってやつよねー。さて、あたしのぷにぷにさんは元気かなー?」 言うなり、足早に丘を降りていった。 「それは、確かに問題ですね…」 再びリボー城へ戻り、ホワイトやかなた達も含め談義が開かれていた。 そこで、ささらの言っていた内容について話し合っていた。 「他の方々がどこに出たかわかればまだ手のうちようもあるのですが…」 深刻そうな顔でシャノンが俯いている。 「それがわかれば苦労しないわよねぇ」 対して、さして心配もしてなさそうな体でエルムが言う。 「彼らも傭兵として戦ってきた方々ですし。何とかやってくれるでしょう。まさか、そんなあやふやな状態で捜索隊を出すわけにもいきませんしね」 「はい…」 ユーギの冷静な言葉にもどかしいものを感じつつも、頭では理解出来ているので素直に頷く。 「それよりも、今後の方針をどうするか…ですが」 「レスターのおっさんまだ戻ってこないんさー」 そこへ、兵士が駆け込んできた。 「シャノンさん、レスターさんが戻りました」 「噂をすれば…ですね。出迎えに行きましょう」 戻ったレスターに加え、主だった面々が城の一室に集った。 ここまでの報告と今後の方針を定めるためだ。 「俺が居ない間よくやってくれたな。結果としても十分だろう。それはさておき………お前なぁ…」 そこで、早速頭を抱えてうなだれるレスター。 「まあほら、過ぎたこと気にしても仕方ないじゃない?」 その頭痛の元凶であるラクチェが、レスターの背中をばしばしと叩いている。 「シャナンもシャナンだぜ…『あいつの面倒よろしく』とか、笑顔で言うなっての。お前ら夫婦どうかしてるぞ」 「そうかなぁ?」 一同、ため息。 「あの…それで、シャナン様はなんと…」 気持ちを切り替えてシャナンが切り出す。 「あ、ああ…まず、イザークとしては兵を挙げることは出来ないとさ」 「というと…」 「気持ちとしては挙兵したい所だが、現状が不明瞭なのと、単純に兵力の差が大きすぎるってのが理由だな」 王国の内部がどうあれ、現状グランベル王国は周辺諸国と同盟を結んでいる。そこへ、イザーク王国が同盟を破棄して挙兵したとなれば、当然周辺の各国にも正式な増援依頼が飛ぶ。 他の国が現状をどう思っているかは別として、正式な増援依頼を断れば今度は自国がイザークと同じ立場になる。それを考えるに、増援依頼を断るとは到底思えない。 その全てを相手にするには、さすがに戦力の彼我が大きすぎた。 「ただし、手をこまねいて見ているつもりもないと。だから、まずは正確な現状の把握と他国との連絡を、ってとこだな」 「その役目をあたしが担っているわけね」 拳を握りしめ勝ち気な笑顔を携えるラクチェに、一同再びため息。 「…周辺の国も、お父様…セリス王の戦友の方々が治めておられるのですよね?」 「ああ。大陸北東のイザーク王国にシャナン。北のシレジアはセティだったな。南東のトラキア連合国にリーフ、西のアグストリア諸公連合の盟主にアレス…ってとこかな」 机上に広げた地図を指さしながら挙げていく。 「どの方もスカサハお父様から聴いていた、聖戦の勇者の名前ですね…」 感嘆のため息と共に目を輝かせるシャノンの隣で、ラクチェが立ち上がった。 「スカサハ…お父様ぁ?!」 「え、はい……?」 その剣幕にきょとんとなるシャノン。 「ああ…お前も知らなかったのか。実はな…」 これまでの経緯をレスターが説明する。 「あいつ、手紙の一つもよこさないで何してるかと思えば…」 「まぁ、事情が事情だったからな。それは仕方ないだろう」 「えぇと…あの……?」 事情が飲み込めないシャノンがおずおずと手を上げた。 「………あれ、聴いてないのか?こいつ…ラクチェはスカサハの妹だぞ」 「双子なんだからどっちが上とかないけどね!」 「え…えぇっ?!」 ここにきて驚愕の事実であった。 「そんな…そんな事は一言も……え、えぇぇ……すると、スカサハお父様も、イザーク王家の連なりに……」 「そうよ、れっきとした血族の一員よ」 「えぇぇ……」 最早頭が及ばず、間抜けた声しか出なかった。それをミソラが頭を撫でて落ち着かせている。 「…と、まぁその話はまた追々な。話が逸れたが、さっきのを踏まえて、これからどうするか考えよう」 未だ混乱していたシャノンであったが、革命軍の長として一応の落ち着きを取り戻した。 「…こほん。そうなると、当面の目的は周辺諸国の協力を取り付ける…ということでしょうか」 「そうだな。はっきり言って、今の俺達だけではどうすることも出来ん。イザークと同じだが、戦力の差が大きすぎる」 「シャナンは、時が来たら協力するって言ったんでしょ?多分」 「ああ。今の所自由に動き回れるのは俺たちだけだ。だから俺達で周辺の国を回り、状況を正確に把握し、時が来たら同時に兵を挙げて貰う約束を取り付ける…ってのが、最終的な目的になる……と、思うんだが?」 言い切った所で最後に、少々わざとらしくシャノンへと視線を向けるレスター。 その視線の意味を悟り、立ち上がって地図に向かう。 「そうですね。最終的な目的はそれでいいとして…次にどうするか、です」 「現在位置は…ここ。イザークの南部、イード砂漠との境界辺りだ」 「近いのは、北のシレジアと南東のトラキアですが…」 「…トラキアは今、内乱が起こっているらしい。すまんが、俺も詳しい事情は知らん…」 レスターが言いつつラクチェを見やる。 視線を受けたラクチェは手を横に振って、 「ごめん。あたしも知らない。ていうか、イザーク王国自体がグランベル王国との小競り合いがあったりで色々手一杯だったから。それもあって出てきたんだけどね」 申し訳無さそうに言った。 「となると、下手に突っ込んでも無用の混乱を招く可能性がありますね…」 「というか、何も情報が無い状態で行ったとて、逆にこちらの方が危ういでしょうね」 ユーギも地図を見つつ言う。他の面々もその言葉に賛成のようだった。 「では、まずはシレジアに行きセティ王とお話を――」 シャノンがそこまで言った所で、それを遮るように伝令が駆け込んできた。 「シャノンさん、レスターさん、大変です!」 「軍議の最中だぞ!何事だ!」 レスターが叱責するが、駆け込んできた兵士はそれ以上に狼狽していた。 「あ、あの…トラキア連合国の盟主、レンスター王国からの使者が、目通りを願うと…リーフ王の名代であると!」 「レンスターが…?どうしたってんだ…」 小さな国々が集まり連合国として成り立っているトラキア連合国。その盟主としてレンスター王国の主、リーフ王が居る。 トラキア連合国が内乱状態にあるという最中、そのリーフ王からの使者が来たという。誰もが、一抹の不安を覚えたとしても無理は無いだろう。 「なんでも交渉したい事があるとか言ってましたが…」 「……ほう」 その言葉を聞き、ユーギの眼鏡がきらりと光った。 第二章 完