『戦乙女の軌跡』 第一章『始まりの地で』 「お、見えてきたんさー」 村を出て1時間も歩いただろうか。丘になっている上に城が見えた。 正確には、城というより砦と言った方が近い感じがする。 「恐らくあれでしょう。話の通じる相手であれば良いのですが…」 丘を登り大分近づいたが、今のところは特に反応は見えない。 気づいているのかいないのかさえ判らない。 結局最後まで上りきり入り口が見えたところで、見張りが見えた。 「ん?お前ら何だ?」 槍を持って入り口に立っていた男がこちらに気づき声をかけてくる。 当然といえば当然なのだが、明らかに警戒されていた。 「突然申し訳ありません。少し、お話を聞かせて頂きたく…」 シャノンが一歩前に出て軽く礼をする。 しかし男は煩わしそうに、手を振り追い払うような仕草をした。 「今は忙しいんだ。どっか行っちまえ」 「む。話くらいしてくれたっていいんさー」 アクサラが腰に差してあった二刀に手をかけるが、シャノンがそれを手で制してさらに前に出た。 「何かあったのですか?」 「今、王国軍が向こうにあるソファラ城とイザーク城に集結してるんだ。早ければ今日にでもここに遠征してくるだろう。今はその迎撃準備で忙しいんだよ」 話した方が早く居なくなるとでも思ったのか、指差しを交えながら説明してくれた。 「王国軍……おに…国王は今病に伏せってると聞きましたが」 余計な発言は控えた方が良いと思い言い直す。言った所で信じてもらえるとも思わないが。 「あれは宰相が流した嘘らしいぜ。実際には宰相の裏切りで幽閉されてるって話だ。だから、今の国政に国王は何も関与してないって話だ」 「なん…ですって。それは、本当なんですか…?」 「俺も人から聞いただけだよ。っても、うちの隊長は国王とも仲が良かったらしいから、本当なんだろうけどな」 兄が実は病ではなく囚われの身だった。確定したわけではないが、事実かもしれないと思うと正直居ても経ってもいられなかった。 「シャノン…大丈夫なんさ?」 「シャノンちゃん…」 黙って話を聞いていた二人も心配そうな目で覗き込む。 「ありがとうござ――」 礼を述べてすぐにでも事の真相を確かめようと出立するつもりだった。 「どうした?」 だが、その言葉を遮る様に城の中から新たに男が一人現れた。 「あ、レスターさん」 レスターと呼ばれた青髪の男が、三人を見てやや目を細める。 年の頃は30を越えているだろうか。顔立ちからしてやや若くも見えるが。 「この子達は?」 「何か旅でもしてるのか、ふらっと来て話を聞きたいって…」 「ふぅん?」 ぶしつけではないが、全身をくまなく眺めて…ある一点で止まった。 「ん…?なぁ、君」 シャノンの背負っている剣に目を向けたまま、声をかける。 その表情は、気づくと硬いものになっていた。 「あ、はい。なんでしょう…?」 その表情を不思議に思いつつも答える。 「まさか…いや、その剣は…どうしたんだい?」 加えて少し動揺しているようでもあった。 その姿に、三人に加え門番の男も怪訝そうだった。 「これは、私の兄が託してくれたものです…父の、形見です」 「兄…形見……なぁ、その剣の名は…」 「ティルフィング、といいます」 「……もしかして、君は…シャノンか?」 驚きと、やや期待を持った瞳に、特に隠し立てするわけでもないので答えた。 「あ、はい…私はシャノン、ですが…?」 「…ははっ!そうか、シャノンか!」 突然笑い出すレスターと呼ばれた男。 「そうか…大きくなったな」 言いつつ、肩に手を乗せる。その表情は、今までで一番優しい、我が子を見るかのようなものだった。 「え…あの、貴方は…」 訳が判らないシャノンは、戸惑いつつも問う。 「ああ、俺はレスター。前の戦いで君の父君と共に戦ったんだよ」 「お父様の…お仲間」 「シャノンがまだ赤ん坊だった頃に会ってるんだ。戦が起きて逃がしたとは聞いていたが…そうか、生きていたか」 目端に涙を滲ませながら頷く。 「セリスが死んでしまって、お前の兄…エクスも大変そうだったが、俺も家の方での権力争いに巻き込まれてしまってな…力になれず済まなかったと思っているよ」 「いえ…兄は、そんな風には思っていないと…そんな気が、します」 「シャノンはエクスには?」 「いえ…会った事はありません。少なくとも、物心付いてからは育ての父と山暮らしでしたから。幾度か来訪はして下さったようですが、丁度居合わせませんで…」 寂しいと言えば嘘になるが、立場などを考えるとそう贅沢も言っていられない。 「育ての父というのは、誰なんだい?」 「スカサハ、と言います」 「あいつ…姿が見えないと思ったら…」 昔を思い出しているような、そんな微笑を浮かべるレスター。 「あの、もしかしてお父様…スカサハ父様も、もしや…」 「ああ。俺たちと一緒に戦った仲間さ。セリスとは幼馴染のはずだな」 「そうだったんですか…そんな事は一言も言いませんでしたが、通りで剣の腕が立つと思いました」 幼少の頃より、父スカサハに習い剣の腕を磨いてきたシャノン。結局、最後まで一度も有効打を与えられなかった。 余談だが、故にシャノンの目標はスカサハを超えることだった。 「まあ、あれでも剣神オードの血を引く奴だからな。ああ、すまないな。立ち話もなんだろうし中に入るといい」 そう言って、手振りを添えて中へ誘ってくれる。 だが、シャノンたちがそれに倣おうとした所で、門番が声を上げた。 「レスターさん…あれを!」 彼が指を差した先には、砂漠地帯に煙を上げて進む一軍だった。 「もう来たのか…まだ援軍が来ていないというのに…くそっ!急いで皆に知らせるんだ、迎え撃つぞ!」 舌打ちしつつも早口で指示を飛ばす。そして自身も中へ向かう。 「いきなりこんなんで済まないな。シャノン達は一旦ここから離れるんだ」 「お待ちください!」 逃げるように促すレスターをシャノンが呼び止める。 「私達も、戦列にお加え下さい」 戦う為の力はこの手にある。そして今父の友人が困っている。 ならば、それを揮うのに何の躊躇いがあろうか。 「…しかし」 当然といえば当然の反応だった。 彼女たちは見た目もさることながら、特にシャノンは友人の娘。 素直に頷けないのは普通の反応と言えた。 「これでも、幾多の戦場を駆けて参りました…決して、足手まといにはなりません!」 ブリティアルトで過ごした日々。それは決して嘘をつかない。 各国の並居る英傑達と剣を交え、自らも英雄と呼ばれ…戦士としては、既に一人前の身。 「そこらの傭兵より役に立つんさー☆」 「が、頑張りますっ!」 それに、共に駆けてきた仲間も居る。 足踏みする理由も、恐れる理由も、存在しなかった。 「………わかった」 それぞれの強い意志を秘めた瞳を見つめ、ようやく頷く。 「見た所前衛だな…俺は城壁で弓兵隊と城の内部を指揮する。いざという時は打って出てもらう。それでいいか?」 「はい…!」 そして、他の細かいやり取りをいくつかこなし、それぞれの場所へと移動する。 「…いきなりこんな事になってしまって、ごめんなさい」 流れとはいえ、結果的には巻き込んだ形になってしまった。それが申し訳なくてたまらなかった。 だが、 「何を今更〜。一蓮托生って言ったんさー☆」 「そうですよっ。今更、なのですっ♪」 すっかり忘れていたが、そういうことなのだ。 戦支度をしながら、シャノンに微笑む二人。 やはりこの二人となら、どこまでも戦っていける。そんな、自信をつけてくれる笑顔だった。 しかし、それに浸る間もなくその時はやってきた。 「来たぞ!弓兵一番隊、矢番え!!」 頭上から、レスターの声が響き渡った。