『戦乙女の軌跡』 第一章『始まりの地で』 日が傾き、大地が赤く染められ始めた頃。 「アーマーナイト隊、前へ!!押し進め!!」 グランベル王国の旗を掲げた軍が、小高い丘にある城に向かって進軍を始めていた。 ユグドラル大陸の中央に位置するグランベル王国。 六公爵家を従え、文字通り大陸諸国の中心となった大国である。 それが、自国領内の城へ向けて軍を向けていた。 「本当に、この国は呪われてるんじゃないかって思えてしまうな」 城壁の上に立ち向かいくる軍勢を見やりつつ、独りごちるレスター。 レスターが生まれてから30数年。その間に三度も戦が起これば、そう思いたくなるのも仕方ないと言えた。 「けど…本人には悪いが、どうしても期待はしてしまうな…」 城内の広場で、歩兵隊の中に居るシャノンを見やる。 英雄、または救世主と呼ばれたシャノンの父と祖父。そして今回の戦乱に姿を現したその子供。 まだ幼いその姿だったが、争いに疲れた心には希望の光に見えた。 「だが…子供の未来を守るのは大人の役目だよな」 再び、迫り来る脅威を見やる。 重装甲に身を包んだアーマーナイトが列を成して丘を登ってくる姿は、悪夢以外の何者でもなかった。 正直その光景に内心うんざりしながらも、勢い良く腕を振り上げた。 「良いか!もうすぐ援軍が到着する!それまで持ちこたえるぞ!!」 「おおお!!!」 鼓舞の声に応え、城内から声があがる。 「よぉし…まずは、あのウスノロ共を城に近づかせるな!!…よし、今だ!!弓兵隊放てぇ!!!」 振り上げた腕が横に払われる。それと共に一斉に放たれる矢の嵐。 「怯むな!!盾をかざせ!!進めぇ!!」 降り注ぐ矢の雨を、手にした大盾と鎧で弾きながら、ゆっくりと前進を続ける鉄の塊。 ある程度の数は減らすことが出来たが、それでも前進を食い止めるには至らない。 丘の半分を越えて登ってきたあたりで、城内へと声をかける。 「歩兵隊、守備隊を残して出るぞ!準備はいいか!!」 「おおお!!!」 手に持った武器を掲げ応える戦士たち。その中で、シャノンがレスターに視線を送る。 その視線を受けやや逡巡するも、頷き返す。 「いよいよ初陣なんさー」 アクサラが、わざとなのか素でなのか。いつもと変わらぬ素振りでシャノンに笑いかける。 「向こう…ブリティアルトとは勝手が違いますから。二人とも気をつけて」 緊張が解れきる事は無かったが、それでも随分と気楽になれた。 「私はこっちで後方支援ですねっ。シャノンちゃんもアッキーも気をつけて…っ」 その言葉を受けて、二人とも笑顔になる。 「門開けぇ!!」 そこへ、レスターの怒号が響いた。 「さあ…行きますよ!」 戦いそれ自体は、劣勢に陥ることは無かったが決して優勢にもなりきれなかった。 地の利を生かして戦う革命軍。数に任せて進撃を続ける王国軍。 アーマーナイト隊との衝突の後、突撃してきた騎兵隊の襲撃を受ける。 「その程度の攻撃では、私の防御は崩せませんよ…!」 「にゃはは、おそいおそーい☆」 持ち前の硬さを生かして最前列で剣を揮うシャノン。小回りが聞かない騎兵の間をすり抜けるように駆けていくアクサラ。 どちらも、ブリティアルトでの戦いで身に付いたものを存分に揮っていた。共に戦う歩兵隊も、その姿に負けていられないと自らを奮い立たせていた。 結果、騎兵隊自慢の突撃も寸での所で抑えきっていた。 だが、その時は突然訪れた。 「っ?…これは、魔力が集中している…?!」 ふと、中空の魔力の流れが一点に向かって流れているのに気づいた。 「シャノンっ」 同じく気づいたのだろうアクサラが近くに寄ってきた。 「アッキー…っ!!」 ふいに、魔力の迸りを感じて咄嗟にアクサラを庇うシャノン。 その直後、騎兵隊の間を抜けて来た電撃に歩兵隊が次々と貫かれていった。 シャノンも自身に向かってくる電撃を何とか鎧で弾く。 散らしきれなかった電撃が中の服を焦がした。 「シャノン大丈夫なんさ?無茶したらダメなんさっ」 シャノンが引き受けたことで、完全に無傷のアクサラが心配そうに覗き込む。 「ええ…これくらい何とも。ですが…」 辺りを見渡すと、結構な数の味方が倒れていた。 全滅は免れていたが、今再び騎兵隊の突撃を受けたら、とても耐え切れないだろうことは即座に判断できた。 「エルサンダーか…っ!くそっ、魔導士隊まで連れて来ているとは…一気に片をつけるつもりか…」 城壁の上で歯噛みをするレスター。そこへ兵士の一人が駆けて来た。 「隊長!!」 「どうした!」 ひどく、狼狽した様子の男。その姿に不安を覚えた。 「今さっき伝令が届きまして…援軍が…」 「なんだ、援軍がどうした…!」 「別方向からの王国軍に、壊滅させられたそうです…その別働隊も、こちらに向かいつつあると!」 かくして、不安は的中してしまった。 援軍が届かない篭城戦ほど無意味なものは無かった。しかし、丘の後ろからは別働隊が迫っている。 今更退路がないのも事実。それでも、指揮官として諦める訳にはいかなかった。 「シャノン、退け!!」 だが。敗戦が濃厚となった戦場に、希望の光を埋める訳にはいかない。 例えここで果てるとしてもせめて、光は灯し続けなければならない。 「……いいえ、退きません!」 しかし、レスターの表情から状況を読み取ったシャノンの取った行動は、願いの逆だった。 「ここで死ぬつもりか!いいから退くんだ!!」 「死ぬつもりなどはありません!ですが…ここで退いては、多くの命が奪われます!」 立ち上がり目前の敵を見据える。 「アッキーは…言うだけ無駄ですね」 隣に居る仲間に視線を向けるも、その笑顔にこちらも微笑み返すしかなかった。 「何回も言わせちゃダメなんさー☆」 両手に携えた二刀を構えなおし、シャノンの横に立つアクサラ。 「ええい、くそっ!頑固な所は父親譲りだなっ!!」 今日何度目になるかわからない歯噛みをしながらそれを見ていた。 出来るならすぐにでも連れ戻しに行きたかったが、城を預かる身としてそんな軽率な行動は取れなかった。 「それじゃあ…護りましょうか」 アクサラと微笑みあい、再び前を見据える。 そして剣を目の前に突き立て、表情も凛々しく声を張り上げた。 「ここから先へは行かせません!!」