『戦乙女の軌跡』 第一章『始まりの地で』 それは、小さな背中だった。鎧は所々が砕け、衣服は焦げ付き破れていた。 だが、誰よりも前に立ち敵を見据えるその姿は、折れかけていた味方の心を再び支えるのには十分な輝きを放っていた。 「ここから先へは行かせません!」 あんなにも、自分たちよりも小さな女の子が、傷つき味方を多数失ってなお諦めていない。 援軍が来るという希望は絶たれている。逃げようにも騎兵から逃れるのは至難の業。 この窮地においてその背中は、見る者の心に不思議な光を灯すようだった。 「おい…」 「ああ…」 半ば諦めかけていた戦士たちが、手に手に武器を持ち直し立ち上がった。 あの背中に、賭けてみよう。奇跡が、起こるかもしれない。 わずかながらの光に導かれ、立ち上がった。 「にゃはは、シャノンはさすがなんさ☆」 その姿を見てアクサラが嬉しそうにシャノンを見る。 「元々強い心を持っていたんですよ。革命を起こそうって言うんですから」 それに微笑み返すシャノン。 後ろで立ち上がった戦士たちも、不思議と清々しくも力強い笑顔を浮かべていた。 「魔導士隊、もう一撃だ!残敵を掃討せよ!!」 しかし、敵の攻撃が緩むことなどあるはずはない。再び容赦のない電撃が革命軍を襲った。 先ほどの焼き直しであるかのように、また味方が倒れていった。 シャノンも、さらに鎧を砕きつつも何とか耐えていた。 「もう一息だ!騎兵隊突撃!!蹴散らせぇ!!」 敵方の指揮官の声が響き渡る。それは、何とか奮い立たせた心に亀裂を入れるのに十分過ぎる声だった。 「行かせないと、言ったはずです…!」 出来るだけ狭くなっている地点を選び、そこを抜けようとする騎兵に剣を向ける。 アクサラもその周囲を縦横に走り回り、主に馬を狙って攻撃を続けていた。 だが休む間もなく襲い来る上に、まだまだ数に限りがない。 段々と精神をすり減らし、ついに、隙を生んでしまった。 「やばっ…」 大きく跳躍して攻撃をかわしつつ、馬上の敵を切り裂いた。その着地の際にくぼみに足を取られ姿勢を崩す。 運悪く、近場に居た騎兵の剣がそれを見逃してはくれなかった。 「アッキー!!」 丁度それに気づいたシャノンが一足飛びに割って入る。 しかし防御体制を上手く作れずに、まともに喰らってしまった。 痛みに一瞬意識を飛ばしそうになりつつも、何とか剣を振り抜き馬ごと斬り伏せた。 「ちょ、大丈夫なんさシャノンっ!!」 膝をつきそうになるのを、剣にしがみつき耐えていた。 「大丈夫… まだ…剣も鎧も…心も、折れてはいません!」 満身創痍。そうとしか言い様のない姿。 諦めた訳ではない。戦意を失ってはいない。実際、剣を握る手にもまだ力を感じる。 だが、現実はかくも残酷だった。 既に部隊と呼ぶには随分数が減ってしまった味方に、それでも容赦なく襲い来る敵。 自分でも、よくもまあここまで頑張ってるものだと思ってしまった程だ。 そんなシャノンに、数騎の騎馬が迫り来る。 「シャノンはやらせないんさーっ!!」 アクサラが迎撃し、足を止める騎兵隊。 その隙を狙ったのか、その後方から悪夢の様にも思える電撃が迸りシャノンを襲った。 「く…ぅっ」 それでも、剣をも盾に、歯を食いしばり耐えきった。 だが、鎧は既に形を成しておらず、衣服も随分焼け焦げ素肌が見えていた。 最早シャノンに残されていたのは、自らを支える力と、最後まで諦めないという気持ちだけだった。 それでも。それでも、膝を折らず視線を前に、そして味方に背を向けていた。 「まだまだ…です。この程度の魔法など…ブリティアルトには、もっとずっと凄い魔法使いが沢山居ました…!!」 自らを揮い立たせる為にあえて口にした言葉。誰に言った訳でもなかった。 「その通りですのよ!」 しかし、聞き覚えのある言葉と共に、眼前に展開していた騎兵隊が一瞬のうちに、文字通り吹き飛んだ。 「おお…?この声と魔法は…」 アクサラが咄嗟に頭上を見上げる。 「向こう振りですのね」 そこには、相変わらずの自信に満ち溢れた笑顔と共に、騎乗用のミソサに乗ったフェンディが居た。 「フ、フェンディ師匠なんさ?」 予想外過ぎる援軍の登場に、むしろ自分に問うように名前を口にするしか出来なかった。 そこへ、難を逃れた騎兵が駆け寄ってきた。 慌てて振り向いた先に見たものは。 「一本…二本…! それから…四本…!連続…攻撃です――!」 天から降り注ぐ複数の剣。そして、白い姿に羽根を生やした天使。 「ミソラ…さん?」 「シャノンちゃん、間に合って良かったです♪」 まるでわが身の事の様に喜び微笑むミソラ。 ふと気づくと、敵陣の後衛に位置していた魔導士達が次々と倒れていった。 「なに…城からか?!こんな距離で攻撃を当てるなど…!!」 「届かないなんて、誰が言ったのかしらっ?」 丘の最も高くなっている、丁度全体を見渡せる所に、よく育った胸を押し付けて狙撃体勢を取るスナイパーが居た。 「スワローさんまで…」 「あら、物好きさんはまだまだ居ますのよ♪」 頭上から面白そうな声が聞こえてきた。 「おわ…とっ」 やはり疲労が溜まっていたのか、再び体勢を崩すアクサラ。 その眼前に黒い影が割り込み剣を弾いた。 「大丈夫かい?アクサラちゃん」 そして、剣を弾かれた騎兵が突然バランスを崩し落馬する。 「たった二人で頑張る勇気は認めるけどな」 「ユーマおじさんにルーン…なんさー」 それを見ていたシャノンの身体が、ふいに軽くなった。 「大丈夫ですか?」 「ヘーニルさん…ありがとう、ございます」 先ほどまでひどく重かった体が、まるで羽根を得たかのように軽くなっていった。 「失礼致します」 その横を一陣の風が抜けていった。 視線を巡らせ風の行方を見ると、 「土は土に灰は灰に―――塵は塵へ―――すべからく怪物は塵芥に、エイメン」 手にした銃剣で馬を引き裂き、もう片方に握った拳銃で騎乗兵の鎧を砕く姿が見えた。 「この位で寝てる場合じゃないッス、他の人の為にも早く起きて下さいッス!」 「治療薬治療薬…あ、これだ。みんな今手当てするからね」 後方では傷つき倒れた戦士達を介抱する二人。 「さあ―――本日の営業を開始しましょう」 そして、城門付近に立ち多数の黒服に号令を掛けるスーツ姿の男。 「御影カンパニーの皆さんまで…」 かつて幾多の戦場で共に戦った仲間が来てくれた。 これほど感動したことが今まであっただろうか。 これほど心強い援軍が今まであっただろうか。 歓喜に満ち溢れた心に、涙が溢れそうになった。 「まだまだ安心するには早いですのね」 多数のミソサを従えたフェンディが、敵軍を見やりつつ言った。 「そうですね…まずは、今を乗り切ることが先決です!」 剣を握りなおし、敵を見据える。 「皆さん、今一度力を貸してください…敵軍を、殲滅します!!」 その言葉に頷き、突撃していく仲間たち。 「さあ、本当の範囲魔法を魅せて差し上げますの――! …あら、今日のミソサさんは、魔力絶好調ですのねっ!」 「みー!」 その狼煙とでも言うべき、フェンディの魔法が敵陣を包み込んだ。