『戦乙女の軌跡』 第一章『始まりの地で』 轟音と共に土煙と兵士達が空に舞った。 「これほどの威力…よもや奴らの中に、これほど高位の魔法を扱う者が居たとは…!」 その広範囲にわたる爆撃に、王国軍の指揮官は恐れ戦いた。 しかしその表情に反して、ふよふよとフェンディの下へ戻るミソサの群れは、どこか異質な空気を醸し出していた。 「くっ…怯むな!!これほどの魔法、そう連続では放てまい!!」 指揮官たるもの、味方に恐れを感じさせては失格である。その点、この男は立派にその役目を果たしていたといえる。 見慣れぬ魔法に及び腰になっていた兵士達だったが、元々圧していたのは自分達である事と指揮官の鼓舞により、士気を戻し再び行軍を始めた。 「あら、ミソサさん達は興味がなくなったようですわね。仕方ありませんの。あとはお任せですの」 戻ってきたミソサ達は、敵軍から視線を外しフェンディの周りを漂っていた。 軽く肩をすくめて、騎乗用ミソサの上でくつろぐ姿勢になったフェンディが見下ろした先には、今まさに敵軍と衝突しようとする英雄達の姿があった。 「そっちは行っちゃだめです…!んっ…と…貴方を切る剣は、これです…!」 元々が対多人数の近接戦用に編み出された剣技を、最前線に立ち存分に揮うミソラ。 その横にはシャノンの姿があった。 「ミソラさん、右をお願いします!私は左を! …行きますよ、アッキー!」 正面の敵を叩き伏せ、周囲を見渡して叫んだ。 「りょーかいなんさー☆」 「わかりましたっ!シャノンちゃんも気をつけてっ」 水を得た魚というのはこういう事を言うのかと連想させる程に、シャノンの動きは機敏だった。 「ええぃ、何なんだあの連中は…!!あんな少数で戦局を覆すなど…あり得ん!!」 一人の英雄も1000人の兵士には敵わない。それが普通なはずなのだが。 突如現れた見慣れぬ服装や装備を携えた者達が、あっという間に戦局をひっくり返した。 つい先ほどまで、息も絶え絶えだったはずの革命軍に、今は逆にこちらが撤退を考えるほどだ。 「しかし、まだだ…ここで戻るわけには行かぬ!」 もう少しで援軍も届くはず。それまで持ちこたえれば、再びこちらが有利になるはずだった。 「敵は少数だ!大勢で押し包めばいずれ動きも鈍る!!…騎兵隊、押し込めぇ!!」 正直な所、それすら怪しいとは思ったが口にせず、指揮官としての責務を果たすことにした。 かくして、前線を押し上げていた英雄達に向け騎兵隊が突撃を開始した。 「シャノン、また馬がきたんさー!」 アクサラが敵を斬ると同時に空を舞い、シャノンの横に降り立った。 「とはいえ、現状は前線の維持をするしかありませんからね。指揮官の所まで行けたら一番早いんですけどね…ここで迎え撃ちますよ!」 個々の能力がいかに高かろうと、それでも敵の数は多かった。一気に抜けるには少々壁が厚い。 肉迫した敵兵を切り払って、血油でぬめりを帯びた剣を放り投げる。 さらに倒れこんだ敵からまともな剣を奪って次の目標を定めるべく敵軍に目を向ける。 愛用のハルバードはまだ背中に背負い込んでいる。数が多すぎてさすがに一本の武器では持たない。 もう少し自分に都合よい所に陣取れるまでは、現地調達だ。 ルーンとヘーニルも自分のしていることが理解できたらしく、めぼしい剣があれば拾い上げて渡してくれるようになった。 「改めてみると、一杯いますねぇ。どこからこれだけの人集めたんでしょうね」 隣に立った緋色の塊が呆れたようにつぶやいた。 万軍、は大げさかもしれないが、戦場暮らしの長いユーマにとってもなかなかない規模の軍勢だ。 通常であれば足もすくむものだろうが、不思議と恐怖心は沸かなかった。 「で、緋の鴉センセイ。アレに勝てる?」 「むっりでーす」 「だよなあ」 片手で数えられるほどの人数では、あの軍勢に打ち勝つことは出来ない。 ならば。ユーマに出来ることはひとつ。 最前線に少しでも長く立ち続けること。 自分より後ろに敵を極力送らないこと。 「ヘーニル、増加はいらねえ、適度に様子見て治癒の魔法くれ。お前の魔法が尽きたら撤退だ」 「はい、承知いたしました。かけるごとに全快すれば相手もお困りになりますよね。そのくらいまではダメージも引っ張りますよ?」 「それでいい。ルーン、とりあえず出来る限り数減らせ。ついでに目立って引き付けろ。広域魔法となぎ払うやつ以外からは守ってやる」 「はーい。・・・なんて微妙に心強いお言葉」 「うるせえな」 側面の敵に動きがある。援軍が来るかもしれない。 自分達のそばで戦う、常に全力な少女たちはまだ気づいていないようだ。 この戦を左右する旗となる少女を、的確な場所に送ってやるのも、大人の仕事かもしれない。 「もう少し手があれば良かったんだけどな」 「ユーマさん」 「ま、今出来ることを精一杯やろうぜ。ここは引き受けるからシャノンちゃん達は側面に回ってくれるか?別働隊が動いてる」 視線を飛ばし城の横を促すユーマ。 その先を追うと、確かに歩兵と騎兵の混成部隊が城の側面に回りこんでいた。 「わかりました…お願いします。アッキー!」 「ユーマおじさん年なんだから無理しちゃだめなんさー☆」 「ルーンさんもお気をつけて!」 「はい。そちらも油断されませんように」 軽く手を振り駆けて行く2人を見やり、ふと微笑むユーマ。 「おや、どうしました?」 それにルーンが気づき、声をかける。 「いや、ああいう子を見てるとこっちも頑張らないとって気になるな、ってさ」 「ふふふ…そうですね。ああいう子達を守るのも、我々の役目ですね。さ、来ましたよ」 楽しそうに笑ってから、視線を正面に戻す。その手には既に黒いものが渦巻いていた。 「そうだな。大人ってのは面倒くさいもんだ。 …さて、痛くないやつで頼むぜ」 ユーマも、力強くも優しい笑みを携え、剣を振った。 「前面が塞がっているのなら側面から。確かに基本ですが…少々面白みに欠けますね」 幾多の戦場で、知将と呼ばれる相手をさらなる知を以って伏せてきた。 腕前など役に立たぬ、政治の裏側での頭脳戦においても不敗を誇っていた。 そんな御影カンパニーの長にとってみれば、この程度の戦略など児戯に等しかった。 「何事も、備えあれば憂いなしですね」 馬上に構えた槍が守備隊の兵士に狙いを定めたその時、突然の爆発と共に文字通り吹き飛んだ。 彼らは知らないだろう。生えている草に巧妙に隠されていた金属製のもの。 自分達を一撃の元に粉砕していくそれが"地雷"と呼ばれていることを。 「皆さん”いつも通り”ご接待して下さい」 そこへ、凛と響く声と共に黒服を纏った男達が襲い掛かった。 襲い掛かってくるはずだった相手を、むしろ蹂躙していく様を、守備隊の兵士達はただ呆然と見ていた。 「ユーギさん!」 そこへシャノンとアクサラが駆けて来た。 「おや、シャノンさん。こちらは問題ありませんよ。ですが…」 眼鏡を持ち上げ直しつつ、全体を見渡す。 「正直に申し上げれば、決め手に欠けていますね。このままでも、勝利は得られるでしょうが、その間の被害は目を潰れるものではないでしょう」 特に感情もなく、ただ事実を述べる。そういう所は、さすが"社長"なのだと想う。 「ですが…持てる手札は全て出していますから。出来ることは、出来るだけ早く終わるように剣を揮うだけ…ですね」 手にした剣を見つつ、歯噛みする。 これが戦なのだと、ブリアティルトで十分に身に染みているはずなのだが。それでも、やはり味方が倒れるのには、慣れない。 「小を取るのに大を無視しては、体勢に影響を及ぼしてしまいますからね。持てる、最善を尽くすとしましょうか」 「おー、黒社長が真面目なんさー」 妙に感心したようにアクサラが呟く。それを聞いてユーギが"いつもの"微笑みを浮かべる。 「失礼ですね。私はいつでも真面目ですよ」 「その真面目さに良く振り回されている気もしますが」 そこへナツキが加わった。 「側面の敵は現状の対応で十分でしょう。ですが、あちらをご覧下さい」 そう言って指差す先に視線を巡らせる。 「どうやら、敵の援軍が到着してしまったようです」 こちらも表情を変えることなく、淡々と事実を告げる。 「あまり良い展開ではありませんね。あちらの方々が想ったより粘るおかげで、少々計算に狂いが出てしまいました。このままでは、想定以上の被害が出てしまいますね」 その言葉を聴いて、シャノンの剣を持つ手に力が入る。 「…レスターさん!」 城を振り返り叫ぶ。 「シャノンか!どうした!」 即座に顔を見せるレスター。その表情からするに、既に援軍には気づいているようだった。 「兵を少しお借りしても宜しいでしょうか!少しでも前で援軍を止めます!」 「馬鹿も休み休み言え!お前を、さらに危険な所へどうして送り込める!」 「それこそ馬鹿な事です!私は戦士です。そこに年齢や性別、まして生い立ちなど関係ありません!」 とても、15歳とは思えない視線だった。 まだまだ幼さの色濃い顔立ちだが、瞳の力強さだけは、レスターがかつての戦で見た歴戦の勇者達と全く同じだった。 「どんな修羅場潜ったら、その年でそんな目を出来るんだか…」 そう想わずにはいられなかった。 「わかった、わかったよ!守備隊の半数を任せる!絶対に無理はするんじゃないぞ!!」 「はい、ありがとうございます!!」 「こちらも手が空き次第お手伝いに参ります。御武運を」 ナツキが軽く微笑み送り出してくれる。 「ありがとうございます、そちらもお気をつけて!」 「なんだかたらい回しなんさー」 兵士たちを指揮しつつ、再び戦場を移動するシャノンとアクサラ。 敵の援軍は、もうすぐそこまで迫っていた。