戦乙女の軌跡 第一章『始まりの地で』 陽が中天に上り、春らしい暖かな陽気の中心地良い風が頬を撫でる。 これが散策であれば心地良い風に身を任せる所なのだが。 ふとそんな事を考えながら、砂を巻き上げ行軍してくる王国軍の軍勢を丘の上から見下ろすシャノン。 「敵を城に近づけるわけにも行きませんが、こちらも深く入っては危険です。私が線引きをしますので、それより前には出ないようお願いします」 後ろに控えている守備隊に声を掛けつつ、視線は敵から外さずにいた。 「シャノンちゃん、緊張してる…?」 ふいに、横から声を掛けられた。 「スワローさん」 黒を基調とした服に身を包み、肩にライフルを担いだスナイパーだった。 「緊張…そうですね……恐れはあまりないのですが、敵を抜かせる訳には行きませんので…」 城を見上げながら、拳を握る。決意と覚悟に比例して、強く、強く。 その拳が、ふと柔らかいものに包まれた。 「シャノンちゃん。貴女の手は、誰かや何かを護る為にあるのよ。なのに、そんなに堅く握っていたら何も掴めないわよ」 表情も声も柔らかく、スワローがシャノンの手を両手で包んでいた。 「だから、もっと開いて行きましょう。手も、握れないしね」 微笑みつつ両手を広げて見せる。それを見て、心が軽くなった感じがした。 「また悪い癖ですね…ありがとうございます」 「うん。私も援護するから、一緒に護りましょう」 ライフルを手に携える。たった一挺、たった一人の援護だったが、何よりも心強かった。 「シャノンーそろそろ良い頃合なんさー」 敵の動きを見ていたアクサラが、手をひらひらさせていた。 「わかりました」 頷き返し、守備隊の方へと向き直った。 「剣を抜き、高く掲げましょう。むしろ攻め込むくらいの気概で行きますよ!」 剣を天に向かい掲げる。兵士達もそれに倣い、手に手に武器を掲げた。 「全軍…突撃っ!!」 そして、敵軍の方へ向くと同時に振り下ろした。 「隙あり…ですっ!!」 空いた胴をすかさず薙ぎ払う。 たった一人とはいえ、未知の兵器で狙撃される恐怖が敵兵に与えた動揺は、予想以上に大きかった。 丘の方を気にするあまり、眼前の相手に遅れを取っている。 気にしすぎては命に関わると、気を取り直し正面の相手に向かうも、計ったかのようなタイミングでスワローが狙撃する。 その絶妙な間のスナイプに、敵軍は翻弄されていた。 「すわろーさんはさすがなんさー☆」 その中を悠々と走り回るアクサラが、にゃははと笑う。 「ええ…さすが、ててこ部隊ですね」 反撃の狼煙ともなったフェンディの範囲魔法。前線に置いて多人数を相手に完全に優位に立っていたミソラ。 そして正確無比なスワローの狙撃。 それぞれが、ブリアティルトにおいて英雄と呼ばれた腕前を如何なく発揮していた。 相手をする方にしてみれば溜まったものではない。 「ただ…敵もさすがですね。王国軍だけあって、数が尋常ではありません…っ」 休む間もなく襲い来る敵を切り伏せ続ける。 「援軍でこれだけ来るって言うのはすごいんさー」 同じく敵の間を走り抜けつつ、双剣を振り回し続けるアクサラ。 「キリがないんさー」 敵を後ろに通すことは今の所無かったが、それでも押し切れないだけの数が押し寄せていた。 たかが知れているはずの反乱軍の一部隊を殲滅するには、数が多すぎる。 「ですが、現実に目の前に居るわけですから…推測は後にしましょう…っ」 次々と襲い来る敵を切り払いながら、シャノンが言った。 その時、左翼に展開していた部隊の方から轟音が鳴り響いた。 「何事ですかっ?!」 慌てて視線を巡らせると、爆煙と共に味方が宙に舞っていた。 「あれは…魔法?!」 当然憂慮して然るべきだった。援軍部隊に魔法使いが居ないなどと、誰も言ってはいない。 自分の考えの甘さに歯噛みしつつも、思考をそこで止めた。 左翼を突破した部隊の一部が、こちらに向かってきたからだ。 さらに残りが城の方へ進んでいく。 「まずいですね…!」 陣形に穴を開けられれば、そこから崩されていく。 「アニエス…っ」 そうなればさらに多数の味方を失うことになる。 城に残してきたアニエスが心配だったが、戦線の維持も含めて、なんとしてもここから退く訳には行かなくなった。 覚悟を決めて剣を握り直した所で、シャノンと左翼の敵兵の間にどこからともなく一本の剣が降ってきた。 そして次の瞬間、剣の上に一人の少年が降り立った。 「「?!」」 その場に居た全員が硬直する。 「ふっ…俺を駆り立てる何かに導かれて来てみれば、新たな戦場が俺を呼んでいたのか…いいだろう、見せてやる…この魔眼の力をなぁ!!」 大げさな身振りと共に敵軍を指差し、ひどく楽しそうな笑みを浮かべた。 その眼前の敵が、再び起こった轟音と共に吹き飛んだ。残った敵も荒れ狂う暴風に刻まれ空を舞った。 「みのるさん…?ということは、これは…」 とても、この世界には不似合いな駆動音を響かせ大地を悠然と進む鉄の巨体。 その上に、杖を振りかざす暴風の主が居た。 「みのるくん、そこに居たら危ないかも」 「心配には及ばないぜ。風すら俺を避けて通る…この魔眼を恐れているのさ」 今までの殺伐とした空気を、文字通り一瞬にして吹き飛ばした。 「ULSの皆さん…」 「みのるは相変わらずブレてないんさー」 「やっほー、危なかったねぇ」 のんきにこちらに手を振るメイチェル。 そして操縦席から半分だけ顔を出して軽く手を振るエリ。 近くに来て気づいたが、戦車には他にも数人が乗り込んでいた。 その内の一人が、戦車を下り手にした獲物を構えた。 「さあ、うまく飛んでくれよ…行けっ!シロオオワシッ!!」 身の丈もあろうかという巨大なブーメランが、風を切り敵を切り裂いた。 「ほら、にぃにさっさと下りるっ」 「あ、お、押したら危ないよ…」 ミィズィフィルに背中を押されて、慌てて飛び降りるフィント。 「あ、シャノンだ!おーい!」 「ふーはーはー!シャノンちゃん達のアレを察知してソレしてきたぞー!」 「遅ればせながら、このプラニエ・ファヌー、推参致しました!」 風にはためき翻るウサギの軍旗を掲げた3人組。 「ねこにわさんにクニークルスの皆さんまで…」 「今日は同窓会だったんさ?」 新たに登場した英雄たちの攻撃により、一時は戦局の天秤を傾けた王国軍だったが、瞬間的に逆転した。 その猛威を、半ば感心したように眺めつつ、ふと思い出す。 「あ、そういえば先ほど突破した敵の一部が城へ…っ」 身をかえし城へと走り出そうとした所で、プチ・ララが声を掛けた。 「あー、なんか大丈夫っぽいよ」 身の丈を悠に越えている弓を横に構え、矢を番えながら言った。 「え、それは…」 「シャノンちゃんっ!」 言いかけたところで、アニエスの声が響いた。 少し時間は戻る。 シャノンが王国の援軍と衝突を始めた頃。 城内ではアニエスが負傷兵の治療に当たっていた。 「大丈夫ですか…?これぐらいなら、まだ助かりますよ…っ」 誰かを癒したい一心で覚えた治療術。それはこちらの治癒術にも全く引けを取っていなかった。 その容貌と我が身の事のように心配してくれる姿を見て、兵士たちは呟いた。 「まるで天使だな…」 「あんな娘が彼女だったらなぁ」 「ばっかお前なんかにゃもったいねーよ」 そんな軽口を叩けるほどに、アニエスの醸し出す雰囲気は優しかった。 そこへレスターがやってきた。 「アニエスちゃん…だったか」 「あ、はいっ」 声を掛けられ慌てて立ち上がる。 「こっちは君達の仲間のおかげで手は足りてるから、シャノンの所へ行ってやってくれないか」 守備隊の治癒術師に加えて、御影カンパニーのカリンやセルヴィが忙しそうに走り回っていた。 「はい、これでもう大丈夫っ」 「この薬はあっちで、包帯はあっち…忙しいッス忙しいッス」 その姿に視線を飛ばしている所へ、レスターが一本の杖を差し出した。 「君くらいの術者なら使えるんじゃないかと想うんだが…」 「これはなんですか…?」 受け取り眺めるが、宝飾がついているだけのただの杖に見える。 「それはリライブの杖って言ってな。傷を一瞬にして治す事が出来る魔法の杖だ。うちの部隊には、使える奴が居なくてな…」 何とも言えない表情を浮かべる。 「え…っと」 近場に居た負傷兵に向かい杖を翳して念じてみた。 すると、先端に取り付けられていた宝石が、光を放ち始めた。 「リライブ…ですっ」 その光を浴びて、みるみる内に傷が癒えていった。 「わ…わ…っ」 その効力に目を丸くするアニエス。 「思った通りだな…それは君に託すから、それでシャノンを助けてやってくれ。兵の数ではこちらが不利だからな…今頃苦戦してるはずだ」 苦虫を噛み潰したような顔をして、シャノンが駆けて行った方角を見やる。 「…ああ、それと。その杖は使うたびに消耗していくから、ある程度の段階で修理屋で直してもらう必要がある。そこだけ注意してくれ」 「あ、はい。わかりましたっ。ありがとうございますっ!」 大きく頭を下げ礼をする。 そこへ、伝令が駆けて来た。 「レスターさん!援軍が防衛線を崩しました!一部が城に向かってきています!」 「なんだと!くそっ…シャノン、無事だろうな…迎撃準備だ!急げ!!」 声を荒げて指示を出す。それを受けて、慌しくなる城内。 「シャノンちゃん…アッキー…っ」 かつての仲間達の参戦により、士気はかなり高まっていた。だが敵の全てを抑えるには、単純に数が足りなかった。 かく言う自分も危険がすぐそこまで迫ってきていた。 「…あ、そういえば…」 ふと、思い出した。 ブリアティルトを発つ前に、託されていたもの。 「危なくなったら、これを使いなさい」 そう言って渡された何らかの起動用と思わしき機械。 かばんからそれを取り出し、少しの間悩んだが、そのスイッチを入れた。 「………」 カチリ、という音と共にスイッチは入った…はずだが。 差し当たって何かが起こる気配はなかった。 そこへ、轟音と共に城門が破られた。 「くそっ…守備隊!敵を外へ押し返せ!!」 城壁の上に立ち迎撃の指揮を執っていたレスターが、城内へ向かい叫んだ。 その声を受けて守備隊が武器を振りかざし敵軍と衝突を開始した。 「アニエスさん、下がっていて下さい。ここは危ないですよ」 先ほど治療を施した兵士が、アニエスの前に立ち微笑んだ。 次の瞬間、その身が赤く染まった。 「あ…っ」 守備隊の間を抜けてきた敵兵に、背中から斬られそのまま崩れ落ちた。 さらに返す刀でアニエスを狙う敵兵。 「ひゃ…ぅっ」 咄嗟に目を閉じるアニエス。 「ぎゃあっ!!」 しかし、聞こえてきたのは敵兵の断末魔だった。 目を開くとそこには、長く美しい白い髪を一つに束ね、白いスーツに身を包んだ女性が立っていた。 「ウチの子に何をするのかしら…万死に値するわよ」 今まさに敵を切り裂き、血に塗れた刀を振り払う。飛び散った血飛沫が地面を赤く染め上げた。 「エルム…さん…」 「大丈夫だった?アニエスちゃん。何もされてない?」 振り向き優しい微笑みと共にアニエスの頭を撫でる。 「あ、は、はい…あ、あの…」 「話は後よ。まずはこの下品な輩達を片付けてからにしましょう」 優しげな微笑から一転、やや殺気立った瞳を携え城内に侵入した敵兵を睨みつける。 「行くわよ。まずは道を作って頂戴」 その声に、脇に控えていた2人の少女が前に出る。 「ぽいっちょ」 愛らしい声と共に、何かを敵兵の中央に投げ込む。 次の瞬間、激しい爆発が巻き起こった。 「行きます!バレットM82C…当たると痛いですよ〜」 大の男でも両手で構える大型のライフルを、片手で軽々と持ちあまつさえ発射して反動までも押さえ込んだ。 ライフルから飛び出した大型弾頭が、敵兵を一直線に吹き飛ばしていった。 「さ、行くわよアニエスちゃん。シャノンちゃん達の所に行くんでしょう?」 「あ…ち、ちょっと待って下さい…っ」 先ほど自分の代わりに斬られた兵士を、リライブの杖で治療する。 「ぐ…ぅ…すみません…」 「いえ、ありがとうございました…ごめんなさいっ」 ぺこりと頭を下げる。 「ふふ…相変わらずね。それじゃあ、行きましょうか」 アニエスの手を取り、エスコートするような姿勢で促すエルム。 その手に導かれるまま、榴弾が作った炎の道の中を進み行く。 その姿はまるで、バージンロードを歩いているようだった。 「あら、また派手に暴れてるわねぇ」 城門を出た所で、天変地異でも起きているのかと錯覚した。 荒れ狂う暴風が敵兵を切り刻み、戦車砲が吹き飛ばし、巨大なブーメランが薙ぎ払っていった。 「わ…皆さんも、来てくれたんですね…っ」 「英雄揃い踏みですのね」 そこへ騎乗用ミソサに乗ったフェンディが現れた。 「あ、フェンディさんっ」 「移動するなら、乗せて差し上げますの。ちゃんと全員乗れますのよ」 言いつつ手を差し伸べる。 「それじゃあお願いしようかしら」 その手を取り4人とも乗り込んだ。 「さぁ、ミソサさん。戦場までひとっ飛びですの」 「みー!」 「シャノンちゃんっ!」 ミソサから飛び降りシャノンの元へ駆け寄る。 「アニー…それに、黒木社の皆さん」 「久しぶりね、シャノンちゃん」 「出たっ!エロ社長なんさー!」 悠々と地面に降り立つエルムと2人。 「物好きさんはまだまだ居ると言ったはずですのよ」 その後ろで、フェンディが楽しそうに微笑んでいた。