戦乙女の軌跡 第一章『始まりの地で』 正面と側面、それに背後から大軍を以って攻め立てた王国軍。 相手は少数の革命軍。負ける要素など欠片も無かった。 「我が魔力を導に来たれ暴風!その身を億千の刃と成し、眼前全てを薙ぎ払えっ!」 可愛らしい風貌に反して、繰り出すは荒れ狂う暴風。 吹き荒れる風の刃に刻まれていく王国軍兵士達。 「馬鹿な…ありえん…っ」 負ける要素など欠片も無かった、はずだった。 「リディア!やっちゃえ!」 「ふーはーはーはーはー!」 「貴公の奮戦に期待する!突撃に移れっ! 」 しかし開戦してみれば、むしろ王国軍の方が蹂躙されていた。 「シグにぃに、おやつあげる!」 「いや、あとでいい…飛べ!シロオオワシッ!!」 「とっておきなのにー」 数にして、少なく見積もっても5倍の数は用意してきたはず。 だと言うのに、見慣れぬ服装と武器を携えた、たった10数人に蹴散らされていく。 「そんなに俺の魔眼が恐ろしいか…だが、まだまだこんなものじゃないぜ!」 開戦より数時間。既に、最初に居た兵士の数の半分を切っていた。 「ぐぅ…いかんな、このままでは…」 単なる殲滅戦だったとはいえ、油断も慢心もしていたつもりはない。 だが現実にここまで押されていてはどうのしようも無かった。 「正面の部隊も、我々と同様に押されているようです!」 伝令の持ってきた情報も、芳しいものでは無かった。 「これは、遺憾ではあるが撤退もやむなしか…」 だが、敵の指揮官がそんな事を考えていることは露知らず。 シャノン達は未だ前線に居た。 「まだまだ…ここは通しませんよ…っ!」 大剣を揮う腕も鈍る事無く、敵兵を薙ぎ続けていた。 「シャノン、後ろなんさー!」 そこへアクサラの声が掛かる。 声に反応して振り向いた先には、トラの覆面を被った少年が居た。 「あ、だ、大丈夫ですか…?」 「ありがとうございます、フィントさん…そちらも大丈夫ですか?」 体格に似合わず、敵の攻撃を難なく受け流しそのまま切り伏せる。 「あ、うん…これくらいなら…」 「顔に似合わずできる子なんさー。トラだけど!」 「これは…その、恥ずかしい、し…」 そんな会話をしながらも、敵を倒し続けている。 つい先ほどはそんな余裕も無かったのだが、仲間の存在が心を、動きを軽くしていた。 「だいしゃとおりまーす!」 「こっちこないで下さいー!」 実際の所は、およそ戦場に似合わない風貌や行動もあって、敵兵が動揺している部分も少なからずはあった。 「あの、エルムさん大丈夫ですかっ?」 「大丈夫よ。アニエスちゃんは私の後ろに居なさい。さて…少し眠っててもらうわ」 とは言え、必要すら無かったはずの援軍を率いて来てみれば、この惨状である。 始めに正面から来た軍もまだまだ数は残っていたが、ほんの数人の英雄とそれに支えられた兵士達により、着々と数を減らしていた。 「対集団の為の剣…!それがわたしの七剣です――っ!」 白い天使が繰り出す複数の剣戟に、数人が同時に刻まれる。休む事無く飛んでくる斬撃は、嵐そのものだった。 「トール、彼の者に雷の力を!」 「いい当たりだ!喰らいな!」 「僕の影踏むと危ないですよ?」 ヘーニルが支援し、ユーマが武器を振り回し、ルーンがその背中を守る。 その見事な連携は人数以上の働きをもたらし、結果、黒い旋風となり敵陣を崩していった。 「営業2課総員射撃体勢。撃ーっ!」 「根源たる聖霊の御名において、敵なるものをすべてを断罪させて頂きます」 ユーギの号令と共に銃声が鳴り響き、その轟音をマーチとしナツキ他が突撃をする。 御影カンパニーは、例え異世界であっても通常営業だった。 「あら、こちらの敵さんも粘ってますのね」 そこへフェンディがやってきた。アニエスやエルムを降ろした後、再び正面に飛んできたのだ。 「あ、フェンディさん。どこに行ってたんですか」 「ちょっと向こうのお手伝いをしていましたの。ねこにわやULSにウサギ団の皆さんも追いついて着ましたのよ」 騎乗用ミソサの上で寛ぐその姿は、ミソサと相まってとても不可思議な光景だった。 「ああ、あと黒木社も着ましたの。アニエスさんが呼んだみたいですのね」 どこか楽しそうに微笑む。 そこへ、好き勝手に飛び回っていたミソサ達が集まってきた。 「あら、また何か興味が出ましたの? …では、もう一働きするとしますの」 立ち上がり、手を上に翳すフェンディ。不規則に漂っていたミソサがそれを見て、皆一様に同じ方向を見た。 「さぁ、あたくし達の戦いを魅せますのよ?」 そして、敵陣の中央目掛けて腕を振り下ろす。同時にミソサ達が突撃していった。 城を挟んだ反対側では、同じタイミングでメイチェルが詠唱を完了していた。 「我が魔力を導に来たれ暴風!その身を億千の刃と成し…えっと…テンペスト!」 問題があるとすれば、本人が詠唱をうろ覚えな所だろうか。実際の所詠唱は必要ないのだが、唱えた方がありがたみや強さが増す気がして、というのは本人の談である。 ともあれ、正面では多数のミソサが敵陣に穴を穿ち、背後では吹き荒れる暴風が敵兵を空高く舞い上げていった。 「ジャッジメントですの――!」 フェンディが髪を払い腰に手を当ててポーズを取っている所で、敵軍の方から鐘が鳴り響いた。 その鐘の音を聞き、敵兵達が撤退を始めた。 「お?終わったか?」 目の前の敵を切り伏せた所で、残りが退き始めたのを見てユーマが呟く。 「Kill Em All――ですのっ!」 フェンディが今までで一番良い笑顔を浮かべ、 「この日を記録なさいッ!我らの勝利を!貴公らの敗北を! 」 「はいはい、またおいでー!」 荒れ狂う風にウサギの旗がはためいた。 「退いていく…終わり、ましたか…」 撤退していく敵軍を見つつ、追撃はかけずにその場に待機するシャノン。 「ほらほらシャノン。勝利の号令掛けるんさー☆」 アクサラが背中を軽く叩き、促す。 「そうね。士気の維持は大事よ」 その横でエルムが頷く。 「そう、ですね…」 未だ実感が沸いていないのか、やや呆けた表情で敵軍を見送る革命軍兵士達。 そんな彼らの中心で、シャノンは剣を高らかに掲げた。 「胸を張り、声も高らかに歌い上げましょう!さあ皆さん、勝鬨を!我らの…勝利です!!」 「うおおおおおおお!!!!」 陽が傾き始めた頃、小高い丘に勝利の雄叫びが響き渡った。