戦乙女の軌跡 第一章『始まりの地で』 「まったく…無茶しやがって。本気で寿命が縮んだぞ」 城へ帰還したシャノンの前に立ち、やや怒ったような表情を浮かべているレスター。 「ご、ごめんなさい…ですが、あそこで退いては他の方々が…その…」 自分が無茶をやったという自覚はあるので、あまり強く出られなかった。 「まぁ、そーゆーの含めてシャノンの良い所なんさー」 「ですっ。誰かの為に頑張れるのが、シャノンちゃんですっ」 それを2人がフォローする。 レスターも、先の戦いを見て分かってはいた。 自らを省みず、躊躇うことなく誰かの為に身を呈することが出来る。 それは、何にも代えがたいものなはずではあるのだが。 「まぁ…おかげで助かったのは確かだけどな…」 もっと根本的に、やはり15歳の少女という事を気にせずにはいられなかった。 「それで…彼らは、シャノンの仲間なのか?」 城の広場で、それぞれ好き勝手に寛いでいる集団を見やり言う。 「ええ…向こうで、大変お世話になった人たちです」 姉や兄のように面倒を見てくれた人。同年代の友達として接してくれた人。仲間として互いを頼りにしてきた人。 皆様々だったが、一様に仲良くしてくれた人たちだった。 「あの人達のおかげで、今の私達があると言っても過言ではありません」 「英雄の名は伊達じゃないんさー」 嬉しいような誇らしいような表情を浮かべるシャノン。 そんな様子を見ながら、一瞬顔が綻ぶもすぐに引き締めるレスター。 「さて…これからだが」 「はい」 シャノンも向き直り、表情と気を引き締める。 「巻き込んでしまって何なんだが…これから、どうする?」 「王都へ向かいつつ情報を集めて…と思っていましたが…」 つい先程まで居た戦場を見やる。 「今のままでは、素直に通してはくれないでしょうね」 「だろうな。顔が割れていなくても…その剣は目立ちすぎるしな」 シャノンが背負っている剣を見やる。幾多の戦場を彼女と抜けてきた相棒である。 だが、こちらの世界ではまた違った意味を持っていた。 「聖剣ティルフィング…12聖戦士の武具の一つ…ですね」 かつてユグドラル大陸において起こった戦乱を収めた12人の英雄。 彼らが用いた武具は神器として正当な血統の者に受け継がれてきた。 シャノンが持つ聖剣ティルフィングも、聖騎士バルドルが持っていたとされる剣である。 「つまり、それを使っているだけでバルドルの血統者…セリスの子供だと分かってしまうわけだ」 「とはいえ、今さら別の武器を持つのも…」 「使い慣れた武器ってのは大事だよな。それも含めて…どうする?」 シャノンがティルフィングを使い続けることは特に言及することなく、話を戻す。 問題は、そこではないのだ。 「兄様をお救いするためにも、このまま革命軍に参加したいと思います。宜しいでしょうか…?」 伺いを立てる言葉だが、その表情は既に決意が固まっているものだった。 「はぁ…まぁ、ここでダメだって言ったら何をするかわからんしな…」 「わ、私そんなにお転婆じゃありませんよ…?」 顔を赤らめて反論する。 「無茶はシャノンの専売特許なんさー」 「時々ついていくのが大変ですっ」 そこへ2人が差し込む。言うまでもないが、表情はとても楽しそうだった。 「ふ、ふたりとも…そ、そんなことありませんっ」 「仲が良いな…まぁ、こちらからお願いしようかとも思ってたくらいだ」 言ってから、申し訳なさそうな、どこか悲壮感を漂わせたような瞳でシャノンを見つめる。 「シャノンには重いかもしれないが…どうしてもセリスの娘ってだけで周りは注目してしまう」 「それだけ…お父様は凄かった、ということですね…」 「なんせ大陸の英雄だからな…で、だ。今日の働きも見た上での、これはお願いになるんだが…」 少し間を置くレスター。 その真面目な表情にやや緊張する。 「革命軍の、旗頭になってくれないか」 「えっ…わ、私ですか…?」 いきなり革命軍の中心となれと言われて、驚きを隠せなかった。 「理由は、今言った通りだな。やはり、英雄の子供が旗頭…ともなれば、士気が大分違うからな…」 「筋は通ってますよねっ」 「まだ若いシャノンにそんな物を背負わせるのもどうかとは思うんだが…」 そう言って歯噛みする。誰も、好き好んでそんなものを背負わせたいと思っている訳ではなかった。 ただ、革命軍の規模と敵の規模を考えて、なりふり構っていられなかったのだ。 二回り近くも年の離れた少女に背負わせるような物ではない。頭では理解出来ていたのだが。 「…お父様も、私と同じくらいの年で旗揚げをしたんですよね…」 「ん…あぁ、まぁ…な」 恐らく、この少女はそういう反応をするだろうと思って、あえてそこには触れていなかった。 わかっていたからこそ、卑怯だと思ってしまった。 「わかりました…そう言う血筋に生まれてきたのですし、これも宿命というものなのでしょう」 静かに頷き、決意も新たに。 「血筋だからって押し付けるつもりはないんだが―――」 「それに、皆さんに期待されるというのも、そう悪いものではないかと」 言葉を遮り、微笑むシャノン。 それは、誰の目から見ても強がりや虚勢の部類だったが、そこに触れる気にはなれなかった。 こんな小さな少女が、大人ですら背負うのが難しいものを背負うと覚悟を決めたのだ。 それを、どうして笑えようか。 「すまないな…本当に、すまない……ありがとう」 「気にしないで…とは言いません。その分、この未熟者を宜しく支えてやって下さい」 ここまで共に来た仲間と一緒なら、きっと頑張れる。 今のシャノンを支えているのは、何よりも絆の力だった。 そして振り向き、寛いでいる仲間たちを見やる。 「えぇと…皆さんはこれから…」 「あら、今更言わせるつもりですの?」 「…と、言って頂けるんだろうな、と思ってました…」 フェンディとシャノンの言葉に、皆一様に微笑んだ。 「では改めまして…これから、この国を救います。私に、力を貸してください!」 「ここまで来たからには、最後まで付き合うぜ」 「またシャノンちゃんと一緒に戦えますねっ♪」 「こちらもこちらで、中々商売のし甲斐がありそうですしね…ご協力させて頂きましょう」 「色々と世話にもなったしな…付き合うさ」 「友達が困ってるんだもん、むしろ手伝わせてって感じかなー」 「今更放って帰る訳にも行かないしね。付き合うわよ」 「いいぜ…奴らに覚めることのない悪夢を見せてやる」 もう、嬉しさが高まりすぎて言葉が出てこなかった。 というか、少し涙が出てきた。 「…ありがとうございます!」 満面の笑顔で、それに応える。 「また、英雄になるために頑張るんさー☆」 「シャノンちゃんなら大丈夫ですっ♪」 これからの道のりが、苦しいものではなく、明るく開けた物の様にも思えてきた。 自分一人では、きっと足がすくんで前には進めなかっただろう。 だが、今は一人じゃない。 「そうですね…頑張ると、しましょうか」 だからこそ、今こうして笑顔でいられた。 第一章 完