「私は憧れている人がいるんです。  あの人みたいに英雄に―――強い人になりたい」 「英雄ですか。  あなたのその小さな肩に人々の希望と賞賛、そして悪意と怨嗟を同時に背負う覚悟がありますか?」  あの夏に交わした言葉が今でも耳に残って離れない。  戦争が小康状態になった時に、異国にある両親のお墓参りに行った時の事だ。  お参りが終わった後の事。夜が近づいて暑い日差しが緩み、涼しい風が吹いていたお寺の縁側。  隣にはお墓を案内してくれた犬耳の小さな女の子が座り、とても幸せそうな笑顔で砂糖お菓子を食べていた。  少し離れた所に腰掛けるのは法衣をまとった、どこか浮世離れした雰囲気を持つお寺の住職。  住職が出してくれたイズレーン風のお茶を飲みながら、つい身の上話をしたのが切っ掛けだった。  美味しい砂糖菓子に、エメラルドグリーンの色彩が鮮やかな風変わりなお茶を飲んでリラックスしていたせいもあると思う。  両親が戦争で亡くなり、この寺の敷地内にある合同霊日に葬られている事。  自分もまた武器を取って戦争で戦っている事。  戦う理由は憧れている人がいる、白銀の鎧と大剣が印象的な同じ女性の英雄に少しでも追いつき近づきたい事。  室内でも編み笠を被っている住職は相槌を打ちながら聞いてくれたけど、最後まで言ってから少し後悔をした。  大抵の人、傭兵仲間は頑張れとか言ってくれるけど普通の人が聞くと良い顔をしない。  心配そうな顔で亡くなった両親の為に戦いから離れた方が良い、女の子なんだから命のやり取りをする戦場に行かないほうが良い。  そんな「私の事を心配してくれる」忠告をしてくれるのが少し嬉しくて、その忠告を無視するしかない事がとても心苦しい。  だけど、そんな私の予想は思いもしない方向へ裏切られた。 「そうですか―――さんのように、なるほど」  編み笠の縁に手をかけて何か考えていた住職さんは、何かを納得して。 「英雄ですか。  あなたのその小さな肩に人々の希望と賞賛、そして悪意と怨嗟を同時に背負う覚悟がありますか?」  問いかけるような、何かを確認するような静かな住職の口調。  内容も口調も今までに体験のないもの。  初めての事にすぐ反応する事ができなかった。 「え……えっと。  ”あの人”みたいな英雄に希望と賞賛は分かるけど、悪意と怨嗟って何なんですか?」  住職は緑色のお茶をずずりと半分位飲むと、色々な木や草、苔が生えた中庭を見て小さく息を吐いてから続けた。 「あなたは英雄とはどんなものだと思っていますか?」 「えっと―――」  私は思ったまま、心の中で輝いている英雄への憧憬を口にした。  戦争に不安になる人々に安心を与え、戦場に戦う兵士達の心の支え、子供達の憧れ。 「なるほど、それもまた一面です。  ですが、”あれ”は素晴らしいだけのものではありません。  肉と骨で舗装し、血で塗り固められた道を綺麗に塗装する為のものでもあるのです」 「そ、そんな事はありません。だって―――」  あまりにも生々しくも禍々しい内容に思わず反論が口をついて出る。  でも、否定する言葉は口から出てくれなかった。 「英雄が必要な状況とは、どういう時だか分かりますか?」 「せ、戦争が激しくなって、人が不安になったり兵士の人が不安になる時…です」 「そうです。戦争が人々の生活に影響を与え、兵士が戦場に立つのに怯えを覚えるような状態。  戦争が激しくても戦局は有利に進み、戦勝ムードが漂っているなら国も人々も英雄は求めません。英雄に頼る必要がないからです」 「で、でも。戦争は勝てるばかりじゃありません。  どうしたって死んじゃう人は出るし、兵士の人達は戦いのたびに勇気を振り絞ります。  そんな人達の為に英雄を目指すのは―――悪い事なんですか?」  何とか反論を組み立てて口にした私を見て、編み傘のせいで表情が見えない住職さんはどこか嬉しそうな笑みを口元に浮かべていた。 「いいえ―――あなたのその志は気高く尊い。素晴らしいものだと思います。  しかし、物事には光が強ければその分影が色濃くなるもの。  もしもこの先、あなたが今心に抱いている憧憬に疑問を抱く事があったら、いつでも来て下さい」 「……分かりました。納得はできませんけど」  「変な事を話して申し訳ありません、これはお詫びです」と出してくれた、帝国の帝都でもなかなかお目にかかれない生クリームを使ったケーキは悔しいことに絶品だった。  ただ、住職さんが言う英雄が背負う怨嗟と悪意とはどういうものなのか、結局聞きそびれてしまった。 ー続くー