国に戻るとすぐにパレードの支度に追われる事になった。  異国にいけるチャンスにもなった大きな戦い、その戦勝パレードが帝都で行われるからだ。  英雄と呼ばれる傭兵達がパレードの主役だったけど、私も英雄候補として参加するように言われていた。 「頑張らないと。みんな見ているからね」  割り当てられた簡易待合室のテントの隙間から見える帝都の大通りには紙吹雪が吹き荒れ、人々の歓声が聞こえてくる。  冬が厳しく長いヴァルトリエ帝国の夏は短い。  その短い夏の間にパレードのような催しものをすれば、街の人々はこれ幸いと祭りに便乗して大騒ぎするから賑わうのは自然な流れだった。 「E-6グループの皆様、準備をお願いします」  帝都を守る兵士の人、魔導甲冑を来た衛兵さんが一緒に待っていた傭兵の人達に声をかける。  ―――外に出て大通りを歩けば、抜けるような青い青い空の下、花びらのような色とりどりの紙ふぶきが吹き荒れ、建物の窓から顔を出した街の人々の歓声が自分に降りかかるような錯覚さえ受ける。 「……頑張って良かった。私は間違ってないよね」  墓参りから戻ってからずっと曇りが続いていた心まで晴れ渡るような光景。  誇らしさが胸に溢れ、かつてこんな歓声の中にいただろう”あの人”への憧れがより一層強くなる。  背筋を伸ばし、胸をはり、空を見上げて笑顔で歓声へ向って手を振り返す。  ―――それが何も知らない、無垢な憧れを持っていた私の最後の晴れ舞台だった。 ◇  それが起きたのはパレードが終わる近く、町に夕日の帳がかかり周囲が橙色に染まっていた時の事。 「兄さんの仇!」  パレードの道の両側に続いていた人垣の間から、どこかで見たような少女がナイフを片手に飛び出してきた。 「……っ、あっ」  日々鍛えているはずの私の体は、鬼気迫った表情の少女に驚いて硬直し、とっさには動いてくれなかった。  少女のナイフが服の上から浅く切りつけて、痛みが走る。 「……確保!」  道沿いに立っていた魔導鎧を着た衛兵が警棒で少女を殴りつけ、路上に倒れた少女を取り押さえる。 「大丈夫?」  後ろから声をかけてくれたのは誰だったろう?  戦場で敵意を向けられるのは慣れているけど、守らないといけないはずの街の人に向けられた害意に、体ががくがくと震えて足に力が入らなくなっていく。 「……人違い、ですよね?」  ようやく口から出た事場は、私の願望だったのだろうか。  衛兵に取り押さえながらも、酷くすさんだ瞳で私を見つめる少女へ問いかける。 「人違いなものですか、傭兵・コトリ。あなたがいるから、兄さんはあなたの部隊だから無事に帰れるって言ったのに帰って来れなかった!  兄さん1人守れないあなたが英雄候補?悪い冗談だわ!」  パキンとガラスが割れるような幻聴を聞いた。  英雄や英雄候補、人々の憧れであるはずの存在なのに、敵どころか守らないといけない市民に害意と悪意を向けられている。  そうだ―――この少女は見覚えがあるはずだ。  前の戦闘で私に預けられた兵士60人、そのうち戦死した4人のうち一人。  かなり長く一緒に戦ってきた帝国兵士の男性に顔立ちがそっくりだ。  死者数がもっと酷い部隊は沢山あった。  死者4人というのは奇跡的に少ない方だと褒められもした。  けど、その4人にも人生や家族がいた。  なんて当たり前の、そして私が忘れていた話――― 「連行しろ」  なおも口から泡を飛ばす勢いで叫ぶ少女に口枷がされ、捕縛されて衛兵に連れられていく。 「申し訳ありません。警備の落ち度でした。  治療をしますのでどうぞこちらへ」  少女に対する態度とまるで違う優しい声音で気遣ってくれる衛兵の人。 「……いけない、担架を!」  差し出してくれたその手に、少女を警棒で殴りつけた時の返り血がついているのを見て、私は意識を失った。 ◇  私が目を覚ましたのは翌々日の夕方だった。  治療院のベッドの上で、女性医師から説明を受けていた。  傷つけられた腕の傷は深くなく、適切な処置もしたから目立つ傷は残らない、私が倒れたのは心的なショックが原因で、体にはもう問題がないという。 「―――あの子はどうなりましたか?」  衛兵に連れて行かれた少女の行方を護衛に立ってくれた衛兵の人に聞いてみた。  あの子と話したい。  お兄さんを連れ帰れなかった事を謝りたい、そして出来れば理解して欲しい。  この平和な帝都の光景を守るのに、お兄さんも私も頑張っていたのだから。 「はっ。取調べをしていたのですが、今朝未明に独房の中で病死しているのが発見されました」 「……―――」  えっ、と声を出そうとしたのにひゅうと空気を吸う音だけ流れ、言葉にならなかった。 「本部からの報告によれば、病気で先が短いことを知った上での凶行。  他国の間者に何かしら吹き込まれた可能性があるとの見立てです」 「そう……です、か」  返事をするのが精一杯だった。 ◇  結局、私が退院してから調べてみても少女の葬儀は既に終わり郊外にある共同墓地へと埋葬され、その家族は周囲の視線から逃げるように帝都から姿を消した後だった。  知り合いに頼んで調べても、衛兵さんに聞いた以上の情報は出てこない。  そんな時、つい最近尋ねた両親が眠る墓を思い出した。 『あなたが今心に抱いている憧憬に疑問を抱く事がなったら、いつでも来て下さい』  あの時は反論しておいてむしのいい話だと思う。  けど、今でも目を瞑ると、最後にみた少女の悪意と憎悪に満ちた視線がまぶたの裏に焼きついて離れない。  親しくもない人だけど、逆に親しくないから弱音が吐けるかもしれない。  少なくとも、仲間に心が弱った今の姿を見せたくない。 ―続く―