ブルーバード 著:かなみ その日はよく晴れた日だった。 ただ季節が冬という事と、元々寒さの厳しいヴァルトリエ帝国は、むしろ晴れている方が寒さを感じた。 しかし陽気だけは温かいもので、暖炉の前に陣取り窓からの陽光を楽しみつつ読書をしていた。 太陽が中天を目指し店が扉を開き始めた頃、金属の打ち鳴らす音と木の軋む音が聞こえてきた。 そういえば今日だったかと思いつつ、相手がノックの為に手を握った辺りで口を開く。 「お入りなさい」 その声に誘われるまま扉を開き、2人の騎士姿の男女が入ってきた。 「おはようございます。さすが、未だに衰えてませんね」 軽く頭を下げながら男の方が微笑みながら言う。 「おはようございます。また、ご指南頂きたいものです」 女の方も騎士姿ながら、淑女の礼をしつつ微笑む。 こちらも、本を閉じ椅子から立ち上がり、二人の正面に立ちその姿を見やる。 「よく来ましたね。フェザント、アイビス。出立は今日でしたか」 フェザントと呼ばれた、大きく逞しい身体ながら人懐こい笑みを浮かべた男が、誇らしげに胸に刻まれた紋章に触れる。 「ええ、少々規模の大きな遠征になります。ですが、出来るだけ早く帰ってきますよ」 その様子を見て、アイビスと呼ばれた細身ながらも強い意志の篭った鋭い眼差しの女が、口元に手を当てて笑う。 「この人ったら、もうすぐあの子の誕生日だからって、家族で出かけるんだって張り切っちゃって」 「まあ…そういえば、いくつになりました?」 「次で10歳になります。相変わらず元気いっぱいで」 「まあ、その分夜は素直に寝てくれるんで助かってますけどね」 そう言って三人でひとしきり笑った。 「今回も隣に預けてきました。その、毎回の事ですが、何かあった時には…」 不意に真面目な顔になり、深々と頭を下げるフェザント。アイビスもそれに倣う。 こちらも頷き返し、 「ええ…その時は。まだ、退団する気は?」 やや慮る表情でアイビスを見やる。 「正直悩んではいます…ずっとあの子の側に居てあげたくもありますし、長くお世話になった騎士団に恩も返したいですし…」 そう言って窓の外を眺める。先には、帰りを待つあの子が居るはずだ。 「私が言えた義理でもありませんが…やはり、子供には親が必要ですよ」 「はい…近々、団長とも相談してみるつもりです」 「私も騎士団に世話になっていますので、あまり強くも言えませんで…」 二人は髄まで騎士なのだと思う。この夫婦にとっては、家も騎士団も、どちらも守るべき物なのだ。 「あの子は偉い子ですから、寂しさなどは顔に出しませんが」 「わかっています…今回の遠征が終われば、少し長めに休めるはずですから。色々考えてみるつもりです」 「そうですね。まずは、無事に帰ってくることだけを考えなさい。それが、一番大事ですよ」 「はい」 「…そろそろ行かなくては。それでは行ってまいります、先生」 フェザントがアイビスを促す。 「…武運を」 何と言ったものかと思ったが、それらを含めて短く締めた。 最後に騎士の一礼をして部屋を出て行く二人。 それが、二人を見た最後だった。 知らせを受けたのはそれから1週間後。 とある村近くでの戦いの最中、逃げ遅れた村民を逃がすために盾となり、そのまま敵の軍勢に飲まれてしまったそうだ。 幸いなことにその村民たちは無事逃げおおせたらしい。 騎士の鏡とも言えるが、それよりも、何ともあの二人らしいと思うほうが先だった。 そして同時に、憤りも感じていた。 騎士としての責務は果たしたが、親としての責務は果たせずに逝ってしまったのだ。 残されたあの子は… 「託されたのは…私、ですか」 かつてない重さの腰を、何とか持ち上げた。 ふと、目を覚ます。 暖炉にくべてあった薪が燃え崩れた音で起きたようだ。 大きく息を吸い、吐き出す。 懐かしい夢を見た。もう、七年も前の事だ。 丁度今日のように、晴れてはいるが寒さの厳しい日だったのを記憶している。 ぼんやりと窓の外を眺めていると、金属の打ち鳴らす音と木の軋む音が聞こえてきた。 多少のことでは動じない自信はあったが、これには少々どきりとさせられた。 おかげで声をかける前にノックが響いた。 「お入りなさい」 「失礼します」 扉を開けて入ってきたのは、あの日不思議そうな目で私を見た、あの日期待と希望を隠し切れない目で私を見た… 「お久しぶりです、サツキおばさまっ」 私の可愛い、娘だった。 「お久しぶりですね、コトリさん。随分大きくなりました」 「えへへ、育ち盛りですからっ」 そう言って笑う顔は、小さい頃から変わらず、父親に似てとても人懐こいものだった。 「どうですか。自らの道を歩くというものは」 その言葉に、不意にどこか悲しそうな、しかし強い意志を秘めた瞳を見せた。 「ようやく…ようやく、本当の強さが何かわかった気がします」 そう言って見据える瞳は、小さい頃と違い、母親に似てとても強い意志を感じた。 「…そうですか」 その瞳を見ただけで、いくつもの階段を登った事がわかる。 「しかし、まだまだ始まりに過ぎませんよ。これからも精進を忘れてはいけません」 「はいっ」 「風の噂に傭兵業をやめたと聞きましたが」 「団は抜けてないんですけどね。団長の許可も頂いたので、他の世界を見て回ってみようかなと思ってます」 そこには、強い意志と共に、巣立ったあの日と同じ期待と希望が見て取れた。 両親と同じく、冒険心が強く、良い意味で童心を忘れない。この子は、強い子だ。 「そうですか…土産話が楽しみですね」 共に過ごした四年間は、苦労もあったが楽しい物だった。 少なくとも、本当の我が子のように思える程度には。 「今日くらいはゆっくりしていけるのでしょう?ミィズィフィルさんやフィントさんも会いたがっていましたよ」 「はいっ。そのつもりですっ」 久々の帰還で落ち着いたのか、安心しきった顔をする子供が、ふと非常に愛おしくなった。 「…おばさま?」 気付けば、強く抱きしめていた。 「いつでも帰っておいでなさい。ここは、貴女の家なのですからね」 一瞬きょとんとした表情になるも、目端に涙を浮かばせ抱擁を返してきた。 「はい…サツキ………お母さん」