『護れなかったもの』 著:かなみ ―――刻碑歴997年某日。 セフィドの城下町にある宿屋。その一室でフェザーメイデンの面々は荷造りをしていた。 「シャノンちゃん、今度はどこに行くんですかっ?」 主に薬品や医療道具などを詰め込みつつ、アニエスが首だけ回し言った。 「そうですね…当てがある訳じゃないんですよね」 こちらは入りきっていない衣類品を何とか丸めつつ、応える。 「あと行ってない所ったら、イズとマッカと帝国なんさー。帝国とかはモロ怪しいんさ」 一人だけ既に荷造りを終えベッドの上でごろごろしていたアクサラが、宙に地図を描いた。 「ま、まぁ…あそこの怪しさは、また別の方向と言うか…」 いっそいくらか処分しようかと思いつつ、衣類と格闘しながら言う。 「白社長も居るし、イズにでも行ってみるんさ?」 寝転んだまま頬杖をつき、アニエスの方を見てにやにやしながら言う。 対し、瞬間頬を赤く染めて慌てるアニエス。 「や、ゎ、そんな理由で決めちゃうのもどうかと想います…っ」 慌てて手を振り回しすぎて持っていた薬瓶がアクサラを直撃したのは余談である。 「…それも、いいかもしれませんね。当てが無いので、他の目的と同時進行でも問題ないでしょう」 そんな光景を気にも止めず、諦めて2つ目の袋に手を伸ばす。 「それじゃ次はイズレーンなんさー。和服考えないとっ」 おでこをさすりつつ、羊皮紙を取り出すアクサラ。 この時はまだ、自らの行方を誰も知らなかった。 ―――某日、深夜。 荷造りも終え、明朝イズレーンへ向け出立ということで話がまとまった。 そんな、セフィド最後の夜。 街全体が眠りについたかのような静けさの中、ふとアクサラが身じろぎと共に目を覚ました。 「んー…何か聞こえたような…」 寝ぼけ眼のまま窓から外を眺める。 遠くにある教会の方から何か聞こえた気がしたが、その後何も聞こえないので気のせいかと想い窓を閉める。 物のついでに用を足してこようかと扉に向かう途中、ふと足を止める。 「…シャノン…シャノン。起きるんさ…っ」 そのまま静かに、だが手早くシャノンを起こす。 「ん…アッキー…?どうし……っ」 長く戦場に身を置く者として培われた経験が警鐘を鳴らす。 お互いに何も言わず頷き返すと、アクサラはそのままアニエスを起こしに、シャノンは剣を手に扉へと相対した。 「………」 簡単にだが身支度を整えた2人を見やり、それぞれ目で合図を送る。 「……っ! 行きますよ!!」 掛け声ひとつ。 手にした大剣をそのまま目の前の扉に突き立てた。 「が…ぁ」 木製の扉を突き破る感覚とともに、肉を貫く手応えを得た。 未だにこの感覚にはやや抵抗はあるが、今はそんな事を言っている場合ではない。 突き破り、残った木片を跳ね飛ばしながら廊下へと躍り出る。 そのまま右横へ潜む影へ剣を振るいながら人数を確認した。 「アッキー!左、2!!」 最低限の情報だけ叫ぶと、たった今切り伏せた黒のローブを纏ったモノを、剣でそのまま残る一人へ向けて跳ね飛ばす。 相手がそれを跳ね除けている間に、剣を振り上げた勢いそのままに詰め寄り、返す刃で壁に叩きつけた。 振り返ると、丁度アクサラが2人目の喉元を切り裂いて居る所だった。 暗がりの中黒衣を朱に染めながら地に伏す。 「…ひとまずは、凌ぎましたか」 改めて相手の行動不能を確認しつつ言う。 「んー…こいつら、何者なんさー」 手近な相手の黒衣に鼻を近づけるアクサラ。 「この地で、我々を狙うとするならば…」 思いを巡らせる。想像していたよりも心当たりがあり少し嫌な気分になった。 ただ、それとは別に気がかりを思い出した。 「…クニークルス団」 呟くように言う。 相手が西方教会であれ、ベルリッテンであれ、はたまたセフィド本国であれ。 今回セフィドに滞在するきっかけとなった時を思い出し、もしや…という想いが脳裏をかすめた。 気がつけば、足は動き出していた。 2人も、駈け出したシャノンの後を追った。 ―――某日、明け方。 「これは……」 未知なる女神を祀っていた、セフィド最西端にある廃教会。 そこには、笑顔が特徴の鷹匠も、優しげな表情の侯爵令嬢も、陽気の塊だった謎の美女も、誰も居なかった。 綺麗に整えられていた家具類は壊れ、壁も所々が欠けていた。 どう見ても、ここで戦闘が行われたことに疑いようはなかった。 「…ララさん!プラニエさん!エミリスさん!!」 「リーディアー」 「みなさーんっ!」 声をあげつつ奥へと進む。 いつもは陽気な声と空気に満ちていたここも、今は静寂に包まれ寂しさを漂わせていた。 建物の一番奥まで見回り、幸いと言うべきか、三人と一羽の遺体などは見当たらなかった。 しかし。 「これは、クニークルスの…」 床に落ちていた布の切れ端を拾い上げる。 それは、幾多の戦場において決して折れること無く翻り続けた、クニークルス団の象徴だった。 この旗にどれだけ支えられたか。在りし日の戦場を想い、胸元にきつく抱きしめた。 決して折れぬ信念であったはずのものが、戦場以外の場所で折れるなど、屈辱以外の何物でもなかった。 改めて室内を見渡す。 相当激しい戦闘だったのだろう。天井にまで傷跡が残っている。 "壊滅" その二文字がよぎったが、頭を振り払う。 「シャノン…」 「シャノンちゃん…」 二人の気遣うような声。 そっちだって辛いだろうに、と思いつつ振り向く。 「…行きましょう。いつまでもここに居ても、得られるものはないでしょうし」 正直、これ以上この場に居たくないというのが本音だった。 建物から出ると、東の空が漆黒から群青へと変わっていた。 「どーするんさ…?」 「イズレーンへは…やめておきましょう。何か迷惑を掛けてしまってもいけませんし」 「そうですね…オーラムも…」 アニエスは口淀んだが、言いたいことはわかる。 「帝国に向かうにも、西方教会の前を通るか、大きく回らねばなりませんし…念には念を」 視線を、南へと向ける。 「…マッカへ、行きます」 ―――某日、夕刻。 オーラムやセフィドのような豪奢な王城と違い、立ち込める空気は威厳よりも威圧。 「なるほど。それで、我が連邦へ身を寄せたいと言うわけか」 その威圧の主。マッカ連邦王国を治める、赤の大地の王ゼヒュンその人だった。 詳細は伏せ、オーラムかセフィドか、恐らくどちらかに狙われている、というのを理由にマッカへの駐屯を願い出た。 「代償として、その剣を振るうに躊躇いはないか」 座った椅子に頬杖をつき、少しの揺らぎもなくこちらを見据える。 「この身は傭兵なれば」 こちらは膝をつき、剣を横に、ただ頭を垂れるのみ。 「よかろう」 短くも、正式な契約はここに成された。 クニークルスの面々の事は心配だが、それも含めてしばらくはこの地で活動を行うことにした。 西に沈む夕日が、赤の大地をさらに紅く染め上げていた。